夏の毒素を吸い込んで
その時、僕は、何かのデパート─ショッピングモール?─のようなところにいた。
真ん中に大通りがあって、その道の右や左に売り場がある。
通常こういった売り場は別々に区分けされていて、売り場の中から次の売り場に道が繋げてあったりしないだろう。
もし別の売り場に行きたいのなら「その売り場から出て、別の売り場の入り口からまた入る」という動きをしなくちゃいけない。
しかし、ここのデパートは売り場の中に次の売り場へと続く道があって、売り場から売り場へ行くことが出来た。
そうして、どんどんと売り場の奥へと僕は進んでいく。
そうしているうちに、不思議なエリアについた。
コンビニ……くらいの広さはあるだろうか。
壁には絵画が飾られていた。赤いソファが部屋の隅に置いてあった。壁紙は青黒く、深海の奥深くをイメージさせる。
天井からは三角形や楕円形の黒いオブジェが、紐に吊るされて、くるくるとゆっくり回転していた。
正直何かの売り場というよりは、美術館の一室に思えた。
そしてそこには子供が─おそらく小学生くらいだろうか?─二人いて、ボールを蹴ってパスしあっていた。
「危ないなぁ、絵画とかに当たったらどうするんだろう?」と思いながらも、関わろうとはしたくない。さっさと次のフロアに行こうとするが、しかし次の道がどこにあるのかが分からなかった。
そうやって道を探して、少しそのフロアで立ち往生してしまった。
そうこうしているうちに、子供たちはボールに飽きたのか蹴り終えてしまい、ボールはそこに置いて、次の売り場にいく道を抜けて大通りの方に出ていってしまった。
大通りの方から次の売り場に行くという気配はなかったので、子供たちはこのデパートから出ていったんだろうな、と僕はそう理解した。
視界の端に、彼らが忘れていったボールが見えた。
「ボールを忘れるほどに慌てていって、何してるんだか」なんて思いながら、子供たちのその後ろ姿を見ていると、後ろから気配がした。
振り向くと、僕の友人のO君だった。
お前もここにいたんだー、みたいな他愛もない話をO君としながら次の道に進んだ。
すると、次の売り場は行き止まりであった。
真っ白な空間で、次の売り場に行く道も、大通りに帰り道もなかった。
あれ?どこから出口の方に行けるんだ?
また元の道を戻らなくちゃいけないのか?
さっきの子どもたち、どこから出たっけ?
そんなことをO君と言いながら、仕方ないので元来た道に帰ろうと、先程の美術館のような売り場に戻る。
フロアの周りを特に理由(わけ)もなく見ながら歩いていると、視界の端に
『11分以内に11回ボールを蹴りパスしあわないと死ぬ』
と青黒い壁に書いてある白い文字が見えた。
その瞬間、さっきの子供たちの奇行に合点がいった僕は、急な寒気を覚えてしまって、友人と傍にあったボールでパスをしあう。
焦りもあったが、このままだと本当に何か危ないことを本能的に悟る中、必死にパスしあうが─おそらく時間切れのようで─だんだんとフロアが暗闇に包まれていった。
完全な暗闇が周りを満たした後、全身を悪寒が包み込んで、そして僕は目を覚ました。
あー怖い夢見たー、ちくしょー、でも面白い夢やんかー
と寝覚め悪く、しかし思いの外面白そうな夢を見れた喜びから、布団の上でスマホをいじって夢の内容をメモしている、と、まただんたんと寝入ってしまい、次は恐竜のいる世界にきた。
砂漠のような、荒野のような、茶色に染まった世界で、小さな恐竜に乗って周りを探検する夢であった。
特に何があるわけでもなく、恐竜を走らせてある程度まで行ったところで、目の前に鏡が見えた。
鏡は丸く縁(ふち)には金色の装飾がつけられていて、僕と僕が乗っている恐竜が入り込めるような大きさであった。
その鏡の中に入ると、次のステージに行けるような感覚があった。
ゲームでステージ1からステージ2に行くような感覚と、言えば分かりやすいだろうか。
よーし、次のステージにいくぞー、れりごー、なんてそんな気軽な気持ちで鏡に入っていった。
すると、鏡の先は、先程の美術館のような場所であった。
しかし、違うがあるとすれば、周りが真っ暗であるということだった。
まるで、さっき僕が目覚める瞬間に、世界が暗闇に満たされた、あの時のように。
そう、さっきの夢の続きだった。
その事を理解した瞬間、耳元で綺麗だけれど、しかしとてつもなく不気味な女の子の声が鳴り響いた。
一言「待ってたよ」という言葉が聞こえて、身体中に悪寒が走ったと共にすぐに目が覚めた。
目が覚めた先は、また自室の布団の上であった。が、今度はどうにも目を開くことができなかった。
いや開くには開くが、手に持つスマホの画面だけは見えない。どれだけスマホを顔の前に持ってきても、画面どころか、スマホカバーも背面すらも見えなかった。
また、体の動きも妙に悪い。
見えるのは、明かりのついた天井の電灯のみで、部屋には仰向けの僕一人だ。
このままではまずいことを察した僕は、動かない体にムチをうち、仰向けのまま背中で這うように移動しながら、母親の部屋へと向かう。
しかし力尽き、母親のもとへ向かえるのか怪しくなり、廊下で母親に助けを求めた。
僕の声に、母親はなにー?といつもの調子で、返事をした。
そんな平穏な声が、僕の耳に届いていた。
すると、廊下で這う僕を見つけたのか「どうしたの?とりあえずこの部屋に入って」とびっくりして心配したような母親の声が聞こえてきた。
「ちょっとそっちいけない、ごめん、助けて」と僕が言うと、次の瞬間、本当に夢から覚めた。
目覚めはあまりよくなかった。
目を開いて、真横においてあったスマホを手に取った。画面はちゃんと見れた。
見上げた電灯の光の確かさを感じるとともに、さっきまで度々目覚めていた布団の上は、全部夢だったことを知覚した。
ふと最後の夢の中で出てきた、声だけの母親のことを考えた。
あれは本当に母親だったんだろうか。
あのときの母親は声だけしか聞こえなかった。
それに……なぜあの時あのタイミングで「とりあえずこの部屋に入って」なんて言っていたのだろうか。
倒れている僕を見て、介抱することも何か様子を見に顔を見せるでもなく、なぜ部屋に誘導しようとしたんだろうか。
もし''あの母親''がいっていた「この部屋」というものに入っていたら、今ごろどうなっていたんだろうか。
ぼんやりとした布団の上で、そんな不吉なことを考えていた。
にしてもさっきから、この夢をこうやってメモとして書き記す度に、なぜか体の芯が少し震える。
スマホとにらめっこしながら文字を打ち込んで、文章として残してしまうと、何故かまたあの夢を見てしまう気がするのだ。
今日の夜、夢の中で僕はまたあの暗闇の部屋に行くのだろうか。
一度目は逃げられた。
二度目は「待っていたよ」。
もし三度目、またあの部屋に行ってしまったとしたら───────。
その時、僕は''どこ''にいってしまうんだろうか。
夢日記 惚狭間(ぼけはざま) @siroryuu
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