第291話 鯉に興味が出てきた
*
ついに撮影が始まった。
ぶっちゃけ俺はかなり緊張している。
「やべぇ……噛んだらどうしよう」
俺のセリフはなんと一番最後、川宮さんを追いかけて正面を向かせてあのセリフを言うのだ。
もう死にたい。
「はーい、それじゃぁ行きまーす! 本番5秒前! 4! 3! 2! 1!」
1の掛け声が掛かり一呼吸おいて主演の井島さんがセリフを言い始める。
「貴方は一生に一度の特別な恋をしたことがありますか?」
カッコ良いセリフの後に流れるように出演者達が相手役である女性や男性に愛を囁く。
ちなみにこのCMには同性愛者も居る設定のようだ。
そして数秒後、俺の出番が回ってくる。
俺は呼吸を整え覚悟を決める。
こうなったらどうにでもなれだ!
下手に失敗するより精一杯やって失敗した方が良いに決まっている。
俺がそう思っている間に川宮さんのセリフが始まった。
「もう貴方なんか信じない!」
セリフの後で川宮さんが振り向いて走り出そうとする。
俺はそんな川宮さんを捕まえ自分の正面を向かせる。
「好きだよ、愛してる」
「はい、かーっと!!」
「おぉ、一発ですか!」
「良いんじゃないのこれ?」
「彼、なかなか良いね」
「これが初めてなんてなぁ」
カットと言われた瞬間、俺はそれまで張っていた緊張の糸が切れ、深いため息を付いた。
「はぁ……な、なんとかなった」
周りではスタッフさん達や監督が俺を見ながら何かを話している。
一体何を話しているんだ?
それよりもリテイクが掛からないってことはこれでOKなのか?
「川宮さんこれで終わりですか? 川宮さん?」
どうして良いか分からず、眼の前にいた川宮さんに尋ねるが返答がない。
おかしいと思って川宮さんの方を見ると川宮さんは顔を真っ赤にして固まっていた。
「あ、あの?」
「え? あ、あぁえっと……ごめんトイレ!!」
「ちょっ! 川宮さん!?」
川宮さんはそう言って走って言ってしまった。
どうしたんだろう?
俺がそんな事を考えていると何故か満面の笑みを浮かべたマネージャーの岡島さんが近付いてきた。
「お疲れ様! 前橋君! 一発OKなんてやるわね! 監督が貴方を褒めていたわよ」
「そうですか、じゃぁ帰って良いっすか?」
「いやいや、まだこの後も別パターンの撮影あるから!」
「あ、そうなんですか」
そう言えば確かにCMって何パターンもあったりするな。
「分かりました」
「とりあえず今はスタッフさんが準備してるから、前橋君はあそこで休んでて」
「はい」
意外と撮影ってすんなる終わるんだな。
いや、今回があっさりしてるだけかもしれないな。
「お疲れ様」
「あ、ありがとうございます」
俺がパイプ椅子に座って休んでいるとまたしても井島さんが近付いてきた。
「すごいね、初めてとは思えなかったよ」
「いや、無我夢中で……」
「それにしても上手だったよ、演劇部とかに入ってたの?」
「いえ、全然何もしてないです」
「宮河ちゃんが顔を真っ赤にするのも分かるよ」
「はぁ……そうなんですか?」
そう言えばトイレに行ったまま帰って来ないなあの人。
「君にとって宮河ちゃんはどんな存在なんだい?」
「え? なんで急にそんな事を?」
「いや、セリフを言ってる時の君のセリフが演技をしているように感じ無かったんでね」
「そうですかね?」
ただ必死になっていただけなんだが……。
「まぁでも宮河ちゃんのあの表情は演技ではなさそうだね」
「え?」
「なんでも無いよ。やっぱり恋は良い演技をするのに重要だね」
「は、はぁ……」
なんでまた急に鯉の話を?
そんなに力説するほど好きなのか?
なんか気になってきちまったよ。
今度見に行ってみようかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます