第290話 こい?
「すいません、セリフって決定ですか?」
「そうですよ」
「主人公でも無い本編にも出ない僕がこんな重要そうなセリフをいうんですか?」
「まぁ、そうですね監督が決めたんで」
スタッフさんに言ってもセリフなんて変わる訳がない、それは分かっているのだが……。
この状況はひじょうにまずい。
なんか川宮さんモジモジしてるし。
「ははは、初めてなのに凄いセリフを貰ったね」
「あ、まぁ……はいっす」
俺がおどおどしていると主演である井島さんが声を掛けてきた。
どうやら現場に馴れていない俺を気遣ってくれているようだ。
イケメンで気遣いまで出来るなんて良い人だなぁ……。
「君は事務所からかなり期待されてるんだね、マネージャーさんも君をかなり押してたよ」
「いや、俺はこのCM一本きりの契約なんですけど」
「え? そうなの?」
「まぁ、あんまりこの業界に興味は無かったんですけど、いろいろあってCM一本だけに出演する流れになって」
「そうか……つまりスカウトされて仕方なく今回のCM撮影に?」
「まぁ、そんなところです」
「そっか、なんだか君僕と似てるな」
「え?」
「僕も最初芸能界になんて興味は無かったんだよ」
「そうなんですか?」
「あぁ、でも僕も色々あってね今はこうして主演でドラマに出られるくらいになったんだ」
「すごいっすね。詳しくないですけど、それって相当頑張らないとダメなんじゃ……」
「あぁ、テレビの向こうの視聴者には分からないけど、演技の練習や台本を覚えたり、結構頑張ったよ」
「なんで頑張れたんですか?」
「ん? うーん……恋の力かな?」
「鯉?」
この人錦鯉が趣味なのか?
珍しいなぁこんな若いのに。
でも品評会とかには若い人も結構居るってテレビで言ってたな。
錦鯉って高いらしいし金が必要だから頑張ったのか?
「恋は良いよ。人を180度変えてしまうんだから」
「そうなんです?」
そんなにハマるものなのか?
「あぁ、僕も恋で人生が変わったんだ。だからこの業界で頑張ってる」
「なるほど」
確かに俺もゲームとかアニメグッズのためなら頑張れそうな気がする。
結構金掛かるしな。
「前橋君はどう? そういう経験ってあるのかい?」
「いや、俺は全然で……そういうの分からないっていうか」
恋なんて生きてきて全く興味を持った事がない。
「そっか、きっと君は今からだろうね」
「え? 今からですか?」
「あぁ、絶対に通る道だと僕は思ってるよ」
え?
誰もが鯉の飼育について考える時期があるの?
もう少し歳食ってからじゃない?
「宮河ちゃんは良い例だよ。鯉を知ったから今絶好調なんだ」
「え? 川宮さんも鯉を!?」
初耳なんだが!?
「あぁ、最近だと僕は思うけど間違いないね、本人は隠してるけど演技の質が前よりも上がってるからね」
マジか……てかなんで秘密にするの?
若い内にそんな趣味を持ってるのが恥ずかしいから?
「一体どうしてそうなったのか僕は気になってたんだけど……君を見てハッキリしたよ」
「え?」
そう言って笑みを浮かべる井島さん。
どういうことだ?
俺と川宮さんが鯉の飼育を始めたことは全く関係ないぞ?
「君もいつか分かるよ」
「は、はぁ……」
そんなにいうなら今度ペットショップにでもいって見てみるか?
てか鯉なんてペットショップで帰るのか?
「さて、撮影が始まる。リラックスして行こう、リテイク出しても気にしないでね」
「ありがとうございます」
なるほど、井島さんは鯉が大好きなイケメンで優しい俳優さんだったのか。
きっと鯉好きの輪を広めるために鯉の魅力を語ってるんだろうな。
よし、これも何かの縁だ今度鯉を見に行って見よう。
そして撮影が始まった。
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