第191話 そして現代



「先輩……私と付き合って下さい」


「……」


「私は先輩に何も求めませんよ? ただ一緒に居て欲しいんです」


「俺は逃げたんだぞ、お前から」


「それでも、好きなんだから仕方ないじゃないですか」


「………」


 こいつはなんで俺のことをそんなに……。

 でも、俺にそんな気はない。

 こいつは妹みたいな存在だ。

 彼女には出来ない。

 というか、俺は彼女なんて作る気はない。


「高ノ宮、うれしいけどやっぱりだめだ。俺には彼女なんて……」


「私じゃダメってことですか?」


「いやそう言う意味じゃなくて!」


「じゃぁ、一週間だけお試しで付き合って決めてください!」


「そんな事しても俺の気持ちは……」


「わからないじゃないですか、もしかしたら考え方が変わるかもしれません!」


 高ノ宮そう言いながら、俺の前に移動し前から俺を抱きしめる。

 やわらかい体と女子特有の良い香り。

 いつもなら、俺みたいなやつにはあまりに刺激が強すぎるのだが、今はそんな邪なことを考える余裕もなかった。


「先輩……大好きなんです」


「………でも、俺は」


「お試しで良いんです! それでもダメなら、また振ってもらってかまいません」


 なんでいつもおちゃらけてるくせに、こうい時はマジなんだよ。

 なんで俺なんかを好きになっちまったんだよ。

 本当なら、ここで突き放すのが優しさなのかもしれない。

 でも、俺は怖かった。

 高ノ宮が泣くかもしれないと思ったら、俺は無意識に彼女にこう言っていた。


「わかった」


「……ありがとうございます」


 この時、俺は再び自分が大きな間違いを犯したことに気が付かなかった。

 

「じゃぁ先輩、さっそく呼び方か変えましょう!」


「別に今まで通りでも問題ないだろ?」


「今は彼氏と彼女なんですよ? ちゃんとそれを回りにアピールしないと!」


「別に俺はしなくてもいいんだが……」


 まぁでも良いと言ってしまった手前、その案には乗るしかない。


「じゃぁ、私のことはユマリって呼んでください! 私は圭司くんって呼びます!」


「わかったよ」


「じゃぁ、呼んでみて下さい!」


「え? 今か?」


「そうです、ちゃんと練習しないと!」


「べ、別に良いだろ?」


「良いから呼んでください!」


「わ、わかったよ……え、えっと……ユマリ」


「聞こえません!」


「ゆ、ユマリ! これで良いか」


 そう尋ねると、ユマリの顔が真っ赤になっていた。

 そして、その顔を隠すように俺の胸に飛び込んできた。


「な、なんだよ急に!」


「……うれしくて……圭司くん、大好きです」


「……」


 なんだろうこの複雑な気持ちは……。

 俺は彼女のお試しの彼氏。

 なのにこいつは本気で俺を好きで……。

 悪いことをしているわけじゃないのに、なんだか悪いことをしている気分だ。





 月曜日、学校に行き俺は英司にユマリとの件を話した。


「はぁ!? 付き合った? ユマリちゃんと?」


「あ、あぁ、お試しだけど」


「マジかよ……でもお試しって、ユマリちゃんはそれでいいのか?」


「あいつはそれでも良いって」


「お前なぁ……」


「言いたいことはわかる、でもなんか……」


「はぁ~、本気で付き合う気が無いなら早めにその恋人ごっこをやめろ。ろくなことにならねぇぞ?」


「それはわかってんだが……」


 あいつのあの悲しそうな顔を思い出すと、なんだか言いにくい。

 俺はなんでこんなことを引き受けたんだろうか?

 あいつへの罪悪感だろうか?

 それとも本当に俺はあいつのことが……。

 わからない。

 こんなことをして何か意味があるのだろうか?

 

「あと、このことは他の奴には言うなよ」


「そんなの当たり前だ」


「まぁでも……お前が本気で付き合うっていうなら、俺は応援してやる」


「……面倒だな。だけど……あいつのあの気持ちを面倒だけで済ませるのは嫌なんだ」


「………変わったなお前」

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