第98話 アイドルオタクよ、こうはなるなよ

「そう? 私はいつも通りだけど?」


 彼に気が付かれないように私は平静を装ってそう言う。


「何を言ってるの? そんなことないわよ、もしかして昨日の電話で心配かけちゃった?」


 圭司君をからかうように私はそう言う。

 お願い、どうかこれで今日は帰って。

 この問題は私一人の問題。

 彼を巻き込むのは絶対にダメ。


「………そうですか」


「えぇ、わかったら早く家に帰りなさい」


「わかりました。急にすいませんそれじゃぁ」


 彼はなんだか腑に落ちないような表情でそう言い、私の元から離れていった。

 なんでだろうか。

 彼が離れた瞬間に不安になる。

 安心していたんだ、彼が来てくれて、彼が私を心配してくれて……。


「……甘えてるわね……私」


 勝手に巻き込んで、勝手に迷惑をかけてるくせに、その上助けてくれなんて言えない。

 私の問題は私がかたずけないとなんの意味もない。

 私はあの手紙の主の元に行けばすべて丸く収まる。

 私はそう自分に言い聞かせながら、約束の場所に向かった。

 なんでだろう、こんな時に限って時間の流れが速く感じる。

 駅までは学校から歩いて20分もかかる。

いつもは長い道のりのはずなのに、今日は随分近く感じる。

 私は緊張しながらその場に向かう。

 約束の場所には誰も居なかった。

 まだ来ていないのかな?

 そう思う私に背後から誰かが話かけてきた。


「あ、あの……宮河真奈さんですよね?」


「え……えぇ……そうだけど」


「や、やっぱり! て、手紙見てくれたんだね!」


 後ろに立っていたのは小太りの眼鏡をかけた男性だった。

 私をじろじろと舐め回すように見ながら、その人は私を駅前から人気のない路地裏に誘導した。


「や、やっぱりこの前のは真奈ちゃんだったんだね!」


「そ、そうですけど……あの写真を撮っていたんですか?」


「そ、そうだよ! ずっと君を撮って来たんだ!! それなのに彼氏とデートだなんて……僕に失礼だと思わないのかい?」


「な、なんでそうなるんですか!」


「だって僕の方がずっと君を見てきたんだ! あんな変装でごまかされないほどに君を見てきた! なのに……なのに君は!!」


「ひっ!」


 男は興奮気味にそう言いながら、私に迫って来る。

 私は男に恐怖を感じていた。

 しかもその恐怖は次第に大きくなっていた。

 この男と話をするたびに恐怖が大きくなっていく。

 自分の足が震えているのが分かった。

 自分の体がこの男を拒絶しているのが分かった。

 怖い……誰かたすけて……。

 私は今にも泣きだしてしまいそうだった。


「はぁ……はぁ……まぁ良いよ、君がこの男とも二度と会わないで僕の物になるっていうなら、この写真は捨てるしデータも消すよ」


「こ、断ったら?」


「もぉ~そんな事を言わせないでよ……そんなのネットの掲示板にバラまくに決まってるじゃん。僕だって出来ればそんな事したくないけど」


 ニコニコ笑いながらそう話す男。

 よりによってこんなヤバイ奴にバレるなんて……。


「えへへ……今日はオフだったよね? じゃぁ僕と今からさっさくいいところに行こうか? あ、拒んだら……わかってるよね?」


 私はそう言って肩を掴んでくる男に恐怖と悔しさを感じていた。

 こんな男に……こんな男の為に私は頑張って来たんじゃない。

 なんで私がこんな卑劣な奴のいう事を聞かなきゃいけないの?

 でも、聞かなかったら私が積み上げてきたものが崩れる気がした。


「じゃ、じゃぁ行こうか……」


「おい」


「え? ぬおわっ!! だ、誰だよ!!」


「え……」


 私に触れていた男を突き飛ばし、誰かが男の代わりにそこに立っていた。

 長い手足に意外とがっしりとした体格、そして本人以外の誰もがうらやむその整った顔立ち。

 そう、そこに居たのは圭司君だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る