第88話 私はアイドル

「いえ、もう良いわ十分カップルの気持ちがわかったし。ありがとねわがままに付き合ってもらって」


「そうですか」


 全くだ。

 俺の貴重な休日がこんな事で潰れるなんて。

 まぁでも、この人にとっても貴重な休日だったんだろし。

 それにサインもらっちまったし。

 良いか、なんだかんだ楽しかったし。


「最後に駅まで送ってくれる?」


「良いですよ」


「ありがとう、それにしても見事なデートプランだったね。お姉さんに相談でもしたの

?」


「そんな事あの姉に出来るわけないでしょ? 俺が一人で考えましたよ」


「へぇ~なかなか頑張ったねぇ~」


「行くからにはちゃんとしたかったので」


「なんだなんだぁ~? もしかして本気で私を落とそうとか考えちゃった?」


「そんなわけないでしょ」


「あはは、そりゃそうだよねぇ~」


「ただ……」


「え?」


「喜んでは欲しかったんです」


 俺もあのサインからなり嬉しかったからな。

 それに見合うくらいの準備をしなければいけないとそう思ったから、ここまで事前準備を頑張ったのだ。


「え……あ、そう……なの?」


「はい」


「あ、あぁそっか。もしかして私のファンになっちゃったとか?」


「はぁ? 何馬鹿な事言ってんすか?」


「あれ? なんでだろう、今まで結構ときめきを感じてたのに、その一言で急に殺意が芽生えてきた」


「悪いんですけど、今日は俺、宮河真奈とデートに来たとなんて思ってないですから」


「え? それってどういう……」


「俺は川宮李亜(かわみや りあ)さんとデートしに来たつもりなんで」


「え……それって……私の本名……」


「はい。だから色々調べたって言ったじゃないですか」


 面倒だったけど、まぁ色々役に立ったし良かった良かった。

 俺がそう言うと宮河さん、もとい川宮さんは立ち止まって下を向いてしまった。


「どうしたんですか?」


「じゃ、じゃぁ……私が年上って事も知ってたの?」


「はい、だからずっと敬語なんじゃないっすか。まぁたまに素が出ますけど」


「そっか……ね、ねぇ……」


「はい?」


「や、やっぱりもう一回デートしましょう」


「え? もう十分なんじゃ……」


「い、いやまだまだ全然よ! 今度は博物館デートよ!!」


「はぁ……まぁ最初から二回って話でしたし、良いですけど……」


 正直かなり面倒くさい。

 まぁでも仕方ないか、サインの手前もあるし。

 もう一回付き合うか。

 俺はそんな事を考えながら、手を繋いで川宮さんと駅に向かって歩き始めた。





「なんか……ちゃんとデートしてたわね」


「そ、そうだね」


 結局私は高城さんと今日一日、あの二人の様子をストーキングしていた。

 前橋のくせになんだかちゃんとしたデートコースを回っていた気がする。

 私の時は大抵ゲームショップとか近場のファミレスなのに……。

 今現在二人は猫カフェを後にし、街中をぶらぶら歩いていた。


「あの二人ずっと手つないでるね……」


「た、高城さん!! なんか目が死んでるけど大丈夫!?」


「さ、流石にアイドルには勝てない……」


「大丈夫よ! あいつに限ってそんな事あるわけないし、それにこれはあくまで役作りの為でしょ!?」


 なんで私、ライバルの事を励ましてるんだろ?

 でも役作りの練習にしては前橋の奴、随分頑張ってるわね。

 もしかしてマジであのアイドルに惚れたとか?

 いやあいつに限ってそれは絶対にない。

 この前も「俺の嫁!」とか言ってアニメのキャラ見せて来てたし………あれ?

 私の好きな人って、もしかしてろくなやつじゃない?

 私がそんな事を考えていると、隣の高城さんは既に抜け殻状態になっていた。


「あぁ!! 高城さん大丈夫!?」


「………リバウンドして、元の体系に戻ればワンちゃん……」


「それは絶対やめた方が良いよ! 今の方が可愛いから!!」


 ダメだ、ショックが大きすぎて思考回路がマヒしてる。

 あの馬鹿はなんでこの子の気持ちに気が付かないかなぁ?

 いや、私もなんだけど……。





 アイドルの宮河真奈。

 そう呼ばれるようになったのは確か二年前からだ。

 中学三年生の時に私はアイドルとしてデビューした。

 それ以前から芸能活動をしていたので、この芸名はそれよりも前からついていた。

 

「真奈ちゃん! 昨日テレビ見たよ!」


「すごいね宮河さん!!」


「がんばってね!!」


「う、うん……ありがとう」


 私は川宮李亜なのに、誰も私の本名を呼んでくれなくなった。

 でも、それで良いんだと私は思っていた。

 アイドルとして芸能人として売れている証拠だと。

 でも、私は心のどこかで寂しさを感じていた。

 私がアイドルじゃなくなったら……宮河真奈ではなくなったら、みんなは私をどう呼ぶのだろうと。


「俺は川宮李亜(かわみや りあ)さんとデートしに来たつもりなんで」


 そう彼が言ってくれた瞬間。

 私はなんだか安心した。

 この人は私をアイドルとしてではなく一人の女の子として見てくれているんだと、なんだかうれしくなった。

 

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