第69話 ぶつかったあの子

 整った顔立ちにスラっと長い脚。

 眼鏡をしてはいるが、その顔にはどこが見覚えがあった。

 でも、俺に知り合いなんてそもそも数えるほどしかいないし、きっとなんかの雑誌で見たとかそんな感じだったと思うし。

 まぁ良いか。


「すいませんでした、じゃぁ俺はこれで……」


「見つけた! 真菜!」


「あ、マネージャー」


「もう、そんな急がなくても大丈夫よ」


「すいません焦っちゃって」


 彼女に別れを告げようとした俺だったが、今度は少し年上っぽい感じのお姉さんがやってきた。

 スーツを着て、手にはメモ帳を持っている。


「もう、本当にドジなんだから……貴方、大丈夫? ごめんなさいね、この子が……」


「いえ、別にじゃぁ俺はこれで……」


「待って」


 さっさと帰ろう、そう思った俺にスーツの女性は強い力で俺の腕を掴んでくる。

 え? 一体何?


「あ、あの……何か?」


「………ふーん……ふむふむ」


 女性は俺の顔や体をじろじろ見始めた。

 なんだこの人……なんか怖い。


「貴方、どこか事務所に所属してる?」


「はい? 事務所?」


 何を言ってるんだこの人は?

 なんでも良いから俺を帰らせてくれ、早く帰ってゲームがしたいんだ。


「いや、事務所って何のですか? 悪いんですけど、俺そろそろ帰ら……」


「………貴方、お金欲しくない?」


 なんかすげー怪しいことを言い始めたぞこの人。

 なんなんだ一体?

 そりゃあ金は欲しいけど、こんな見ず知らずの人にそんなことを言われても怪しさしか感じないぞ。


「いや、大丈夫です、失礼します……」


「待って!」


「え? な、なんですか?」


「お願い、一回だけで良いから撮影に協力して!!」


「はい?」


 学校の帰り道、俺は見知らぬスーツ姿の女性にスカウトされた。





「なんでこんなことに……」


 あの後、俺はスーツ姿の女性の頼みを断っていたのだが、女性が道端で土下座し始めてしまい、俺は根負けして女性の頼みを聞くことになってしまった。


「まさか土下座するとは……」


「よかったわぁ~これで撮影が出来るわ! 突然モデルさんが来れなくなって困ってたのよぉ~」


「そうでうすか」


 撮影?

 モデル?

 薄々思っていたが、もしかしてこの二人はテレビとかそう言う業界の人か?

 てか、モデルが居ないからってなんで俺にそんなことを頼むんだ?

 もっと顔の良い奴に頼めば良いものを……。


「あ、あのありがとうございます。私のマネージャー少し強引なので」


「別に良いですけど……すぐ終わるなら」


 俺がぶつかった女の子が申し訳なさそうに俺にそう言ってくる。

 やっぱりなんかこの子、どっかで見たことあるんだよなぁ……。

 俺は車に乗せられ、撮影の現場に向かう。


「実はインターネットの生放送だから困ってたのよ、代わりのエキストラが見つかってよかっとわぁ~」


「まぁ、一瞬ってことなら……それにバイト代も出るなら」


「出す出す! 一瞬ちらっと映るだけで5000円よ、良いお仕事でしょ?」


 今月は新作ゲームの発売も多いからな。

 臨時収入があるのは嬉しいし、正直一瞬出るだけで5000円って言うのに心が揺らいでしまった。

 車に乗って数分、俺は撮影スタジオに連れてこられた。


「じゃぁ、ここでスタイリストさんから髪のセットしてもらって、この白のタキシードに着替えてね!」


「え!? タキシード?」


「じゃぁ後はよろしく! 真菜、貴方も準備するわよ!」


「わかりました!」


 そう言ってマネージャーさんと俺とぶつかった彼女は部屋から出て行った。

 残された俺はタキシードに着替え、髪をセットしてもらっていた。


「君、どこの事務所なの? テレビで見たことないけど、イケメンだねぇ~」


「いえ、俺は道端でスカウトされまして……あとイケメンではないです」


「あはは、また謙遜しちゃって~。まぁマネージャーさんも焦ってたからねぇ~歩いてた君を見て半ば無理やりここに連れてきたんじゃないの?」


「全くその通りですね」


 まぁでも一瞬映るだけって言ってたし、それにテレビじゃなくてネットの配信だ。

 クラスメイトに恥を晒す可能性も低い。


「でも、あの宮河真菜の相手役だよ? 一般の男子高校生としては夢のような出来事なんじゃない?」


「え? そうなんですか? 宮河真菜の相手役なんですか?」


「そうなんですかって、一緒に来たじゃない?」


「え? あ……」


 そこでは俺はあのぶつかった相手が英司や八代が話ていた宮川真菜であることに気が付いた。

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