第66話 私は彼を意識し始める


 宿泊学習から帰ってきた翌日、私はゲームをしていてもアニメを見ていても、あいつのことが頭から離れなかった。


『お前は俺にとって特別な存在だからな』


『俺と友達になろうぜ』


 宿泊学習での出来事から私はあいつを……前橋圭司を意識していた。

 私を大切な存在と言ったあいつが、私を助けてくれたあいつのことが忘れられなかった。

 今まではゲーム仲間のはずだった。

 確かにイケメンだと思ったことはあった、でもあいつに恋愛感情なんて抱いてなかったのに……。

 

「あ、また負けた……」


 あいつのことばかり考えてゲームに集中できない。

 しかも、いつもゲームの事でいろいろ連絡してくるあいつが、今日は全く連絡をしてこない。

 なんでこんなにソワソワするんだろ?

 なんであいつのことを考えてしまうのだろう?

 私はそんなことを考えながら、自分の部屋のベッドに寝転がる。


「はぁ……高城さんの事もあるしなぁ……」


 応援すると決めたはずなのに、私が入れる隙間なんてないってわかってるのに……私はあいつのことが……。


「あぁ! もう!! なんで私がこんなに悩まなきゃいけないのよ!!」


 あんなの考え方の拗れまくった残念なイケメンじゃない!

 どこに好きになる要素がるのよ!!

 私の趣味を理解してくれて、一緒にゲームしてくれて、ピンチの時はさっそうと助けに来てくれて……時々子供っぽくて……。


「……好きになる要素しかないじゃない」


 私はそうつぶやきながら、枕に顔を埋めてうなる。

 すると、突然スマホが鳴った。


「誰よ、こんな時に……」


 私は面倒臭いと思いながらも、少し離れた自分の学習机の上のスマホを取るために起き上がり、スマホを手に取った。

 するとそこには今考えていたあいつの名前が表示されていた。


「え? な、なんで!?」


 あいつのことだから一人用ゲームを休日は延々やっているものだと思ったけど……。

 私は緊張しながらその電話に出る。


「もしもし?」


『あぁ、井宮か? すまんが今日会えないか?』


「は?」


『おい、そう言う反応はやめろ。俺はメンタルが弱いんだ、そんな反応を女子からされると死にたくなる』


「いや、聞き返しただけでしょ? 何よ急に」


『まぁ、とにかく今から一時間後に駅前に集合で頼む』


「え!? 一時間後に駅前!?」


『あぁ、何か問題か?』


 問題大有りよ!

 休日で化粧もしてないし、何だったらシャワー浴びて洋服選んで行きたいんだから!!

 男子と女子の準備時間を一緒にしないでよ!


「一時間半後よ、私だって準備があるの」


『え? あぁ……忙しいなら無理にとは言わないぞ? 他を当たるし』


 何よ他をあたるって、私じゃなくても誰でも良いってこと!?

 なんかそれはそれで腹立つ!


「良いわよ、一時間半後ね」


『あ、あぁじゃぁ後でな』


 何の用事なのか聞くのを忘れてしまった。

 でも私は電話を切った後急いで支度を開始した、まずはシャワーを浴びて髪を乾かし、化粧をして服を着替え、バックを選ぶ。

 あの残念イケメンは無駄に顔が良いから、隣を歩く私も少しは気を遣う。

 別にあいつと会うから身だしなみに気を付ける訳じゃない、あくまであいつ以外の周りの視線を気にしてのことだ。

 決してあいつのためなんかじゃない!!

 

「行ってきまーす」


「あら、出かける? そんなにお洒落して」


「別に普通だよママ、行ってきます」


「あの子が香水つけるなんて珍しいわね……」


 私はそう言って家を出た。

 約束の時間は三十分後、余裕で間に合うし、何だったら15分くらい待つ時間まである。

 全く、休日に私を呼び出すなんてどうしたのかしら?

 私はスマホを弄りながら駅前で前橋を待つ。

 この前ゲームを買いに行った時もそうだったけど、あいつは意外に身なりがきちんとしている。

 お姉さんの助言があるからだろうが、髪もセットしているし、服装も普通にお洒落だ。

 あれで自分をモテないと言っているのは鏡を見たことが無いとしか思えないが、あいつはそう言うやつなのだ。


「ねぇねぇ、君一人?」


「俺ら男二人で寂しくてさぁ~どっかいかない?」


「待ち合わせしてるんで」


 こういうナンパは本当に困る。

 そう言えばあいつは自分がナンパされてることにも気が付いていなかったなぁ。

 マルチ商法の勧誘とか訳の分からないこと言ってたし……って、そんなことを思い出してる場合じゃない。

 ナンパを振り切らないと。


「ねぇねぇ、いいじゃん!」


「俺達と遊ぼうよぉ~」


「だから待ち合わせしてるんだって、放っておいて!」


「まぁまぁ、そんな怒らないでよぉ~」


「そうそう~」


「ちょ、ちょっと」


 ナンパ男二人はそう言って私の腕を掴んできた。

 私が困っているそんな時だった、私の腕を掴む男の腕を誰かが握ってきた。


「な、なんだてめぇ!!」


「………」


「あ、前橋……」


「………」


 前橋はナンパ男の腕を掴みながら、無言でナンパ男を睨んでいた。


「な、なんだよお前!」


「なんか文句あんのかよ!!」


「……いや」


「っち! か、彼氏持ちかよ! 行こうぜ」


「あ、あぁ……」


 ナンパ男は前橋の迫力に負け、私の腕から手を放し離れて行った。

 まさか前橋に助けられるなんて……これで助けられたのは二回目……。

 

「ありがと……助かったわ」


 私がお礼を言って前橋の方を見ると、前橋は真っ青な顔で冷や汗を掻いていた。


「はぁ……よかった、帰ってくれて……」


「アンタ、あんな顔出来たのね」


「いや、怖くて顔が強張ってただけだ、無言だったのはあまりの恐怖で何を言っていいかわからなかった。助けに入りはしたけど助けて欲しいと思ってたぞ」


「台無しよ……」

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