第13話 クラフトの故郷

 穏やかな航海はつつがなく続き、一行はクラフトの生まれた島にたどり着いた。

 のどかで過ごしやすそうな島だ。かなり大きい。鮮やかな赤茶色のレンガの町の向こうには、青々と茂った森が見える。海の幸にも山の幸にも事欠かず、人が住むところもよく整備されている。

 ジョナサンとクラフトが船から降りると、デビーは二人に向かって言った。

「それじゃ、あとは任せたわ。この島でやることは三つ。クラフトの家族に一族の由来を説明して、海では声を発さないよう進言すること。しばらくクラフトを乗組員として借りていく許可を得ること。そして、可能であれば、女海賊アンの情報がないか探して来てちょうだい。三つ目は、まあ無理でしょうけど」

「了解した。大船に乗った気で待ってろよ」

 二人は、港に船をつないで、クラフトの家に向かって歩き始める。

「はー! ようやく喋れる!」

 長いこと声を発しなかったせいか、クラフトの声は若干掠れていた。クラフトの肩で、ラヴが甲高い鳴き声で話す。

「ヨカッタナ、アイボウ!」

「ははっ。君と会話するのは、ちょっと妙な気分だ」

「なあ、お前んち、どっち?」

 勝手に先へ行こうとするジョナサンを、クラフトは慌てて呼び止めた。

「こっちだこっち。案内役より先に歩くやつがあるか」

 クラフトは、港を抜けて市街地へ入っていく。

「あれまー!」

 不意に、道ゆくおばあさんが素っ頓狂な声をあげたものだから、ジョナサンはビクッと肩を震わせた。

「クラフト坊ちゃんが帰って来なすった!」

 おばあさんの声を聞きつけて、あっちからもこっちからも人が集まってくる。みるみるうちにクラフトはもみくちゃにされてしまう。

「本当だ! おーい! みんな! クラフト坊ちゃんだ!」

「坊ちゃんが帰って来たぞ!」

「生きてる!」

「めでたい!」

「今日は祭りだ!」

 あまりの騒動に、ラヴはさっさとクラフトの肩から逃げたが、ジョナサンはそうはいかない。人の壁に閉じ込められ、身動きが取れなくなってしまった。もう、こうなってはやれやれと溜息をつくしかない。

「クラフト坊ちゃんってば、ずいぶん人気者なんだな」

「そうだな。島のみんなは、僕をかわいがってくれている」

 ワイワイと賑わう人混みの中で、ジョナサンに注目が集まるのは時間の問題だった。

「坊ちゃん、こちらの子はどこの子だい?」

 最初にクラフトを見つけたおばあさんが聞いた。

「彼はジョナサン。僕の友人だ。海で困っているところを助けてくれた恩人でもある」

 今度はジョナサンがもみくちゃにされる番だった。

「へー! 坊ちゃんが友達連れてくるとはなあ!」

「坊ちゃんが世話になったね! ありがとう! りんごいる?」

「ちょうどよかった。クッキー焼いたとこだったから持ってきな!」

 ジョナサンは困ってしまった。

「え、ええと?」

 助けを求めてクラフトを見る。

「もらってくれ。みんなの好意だ。無下にしてはいけない」

 おずおずとそれらを受け取っている間に、クラフトは集まって来た人々に語りかける。

「みんな、すまない。僕らは父上たちに話があるから、少し通してもらえるだろうか」

「ああ、邪魔してすまんかった。領主様たちが、首を長くして待ってるから、早く顔を見せてやるといい」

 なんとかその一団をやり過ごし、ジョナサンは大きく息をついた。

「エライ目にあった」

「そうか? ありがたい話じゃないか」

「確かにありがてえけどさ。デビーへの土産には困らない」

 両手いっぱいに持たされた数々の品を見下ろす。りんご、クッキー、魚の干物、人参、パンに、魚を包んだパイ。こんなに食べきれるだろうか。

「見えてきた。あれが僕の家だ」

 そう言ってクラフトが指差した先は、ジョナサンが見たことないほど大きな家だった。

 どっしりとしたレンガ造りの洋館が、鉄の門の向こうに建っている。

「うわ、でか。うちの村長の家の三倍はあるぞ」

 門の近くに垂れていた紐をクラフトが引くと、上の方でガランガランとベルがなる。呼び鈴のようだ。

 しばらくすると、使用人らしき老人が門の向こうからやってくる。老人は目を丸くして、大慌てで駆け寄って来た。

「坊っちゃま! よくぞご無事で!」

「ただいま。心配をかけてすまなかったね」

「どうぞ、お入りください。今すぐ皆様を呼んで参りますので少々お待ちを!」

 この先のことが大体想像できて、ジョナサンは思わず苦笑いした。

 クラフトの家族は、クラフトが帰って来たとの知らせを聞くと、一目散に飛んで来てクラフトをもみくちゃにした。

 そして、ひとしきりクラフトを撫で回すとその標的はジョナサンに移り、あれよあれよという間に昼食に招待されることとなった。

「おい、俺はテーブルマナーとか知らねえぞ」

「構わない。客に、それも僕の恩人に嫌な思いをさせるほど、僕の家族は無作法ではないよ。諸々の話は食卓でしようか」

 ジョナサンは困った。どうも調子が狂う。当然と言えば当然だが、あまりにもアウェーすぎてどうしたらいいのかさっぱりわからない。

 まず、長旅でお疲れでしょうから、と風呂に連れていかれた。体を洗い終えて風呂場を出ると、脱いだ服が消えていて新しい服が出ている。仕立てのいい丈夫な麻のズボンと、肌触りのいい綿のシャツだ。

 これは着てもいいものなのか躊躇していると、横からクラフトに「ん? なぜ着ないんだ? シミでもあったか?」と言われてしまって慌てて袖を通す。

 それをちょうど着終わったところで、「食事の用意ができました」と使用人が声をかけに来た。

 食卓に向かう道も、幾何学模様の絨毯やら、点々と壁にかけてある絵画やら、花瓶にいけられている花やらなんやら、馴染みのないものが多くて目が回りそうだ。

 ジョナサンは思わずポツリとつぶやいた。

「すでに疲れた」

「なぜだ!?」

「いや、なんつーか、疲れた……。完全に異文化すぎてついていけるか俺心配。助けてデビーちゃん」

 青い顔をしているジョナサンを、クラフトは懸命に励ますが、効果は薄い。

「大丈夫だ。みんな優しいから、怖がることはないさ」

「うるせー、こちとら日常的に大砲ぶつけ合ってたゴロツキだぞ。優しくされて落ち着くわけないだろ。俺の地元じゃ、もてなしって言ったら鉛玉のことなんだよ」

「確かに異文化だな……。そういう地域もあるのか……」

「真に受けるなよ。ちょっとしたパイレーツジョークだっつーの」

 ジョナサンは「ふう」と一回深呼吸をした。

 ゴタゴタ言っても仕方がない。せっかく食事をごちそうしてくれるというのだから、ありがたくいただこうではないか。故郷の島にいたら、一生こんな豪勢な屋敷で食事をすることなんてなかっただろう。

「オーケー。大丈夫。お前のいう通り、せっかくの好意を無駄にはしない。大事な話をしなきゃいけねえしな。だが、いいのか? 最後に、一応聞くけど」

 クラフトは首をかしげた。

「なにがだ?」

 ジョナサンは答える。

「こんなにお前をかわいがってくれるみんなを残して、悪魔の船に乗ってもいいのか? って聞いてるんだ。お前の兄さんの魂は、俺がデビーに掛け合ってなんとかしてやる。お前は真珠が見つかるのをこの島で待っていればいい。って言ったら、お前はどうする?」

 クラフトは即座に答えた。

「行くさ。君の船に乗せてくれ」

「オーケー。それだけ聞いておきたかった。それじゃあ、頑張って説得するか。確か、親父さんはお前が海に行くの反対だったよな?」

「ああ。そうだ。きっと骨が折れることだろう」

 コンコン、とクラフトは大きな扉をノックする。艶やかに磨かれた木の扉の向こうから、「お入りなさい」と品のいい声が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る