第12話 ジョナサンの話⑤

 デビーはそこで話すのをやめた。

 ジョナサンが頭を抱えてうなだれていたからだ。

「ドウカシタノカ」

 ラヴが鳴いた。

「確かに一大事だけど、そこまで感情移入してくれなくたっていいのよ」

「いや、なんでもない。続けてくれ」

「気になるじゃない。この後は、あの女を追いかけたけどダメだった、っていう退屈な話だし、ここで切り上げてもいいわ」

 デビーは、立ち上がってクラフトの前に立った。

「交渉の時間よ。クラフト・ルーベンシュタイン・セイララル」

 クラフトはごくんと息を飲み込み、目の前のデビーを見上げている。

「今話した通り、今の私にはさまよう魂を導く手段がない。お兄さんの魂をあるべき場所へ導いて欲しいのであれば、あなたもジョナサンと一緒に私の手足となりなさい」

 ラヴが鳴いた。クラフトは、決意を固めたような、力強い目をしている。

「ホントウニ、オマエノテツダイヲスレバ、アニウエヲカエシテクレルノダナ?」

「当然よ。私、約束は守る主義なの」

「ソノハナシニノロウ」

 クラフトの脇腹を、ジョナサンは肘で突いた。

「いいのかー? おっかない悪魔と同乗するなんて」

「カマワナイ。コマッテイルヨウダシナ。テダスケスルカラ、タスケテモラウ。オドロクホドフェアナトリヒキダ」

 ジョナサンは得意げな顔で言った。

「そうだろうそうだろう。うちのデビーちゃんはフェアな正直者なんだぜ。いい子だろ?」

「ソウダナ。ヒツヨウイジョウニコワガルコトハ、ナイカモシレナイ」

 デビーが指を鳴らした。

 大量のカモメが飛んできてジョナサンとクラフトに襲いかかる。

 クラフトの肩の上からラヴが逃げた。

「ちょっ、なんでだよ! 褒めたのに! ぎゃー!」

「照れ隠しよ」

 再びデビーが指を鳴らす。カモメは帰って行った。

「ヤッパリコワイ!」

 羽まみれになった二人の頭上でラヴが鳴いている。

「で、ジョナサン。あなた、私の話になにか気になることがあったようだけど、もしかして心当たりでもあるのかしら」

「い、いやー、思い違いかもしれねえし……。ちなみに、その女海賊、名前は?」

「確か、アン、って言ってたかしら」

「あちゃー……」

 ジョナサンは頭を抱えた。

「ちょっと、本当にどうしたのよ」

「それ、俺の、おふくろ……」

「はあ!?」

 デビーはジョナサンに食ってかかった。

「そういうことはもっと早く言いなさいよ!」

「しかたねえだろ!? 知らなかったんだから!」

「セケンガセマイナ!」

 デビーはジョナサンの襟首から手を離し、軽く深呼吸して咳払いしてから言った。

「こほん。ともかく、標的の情報が得られたのでよしとしましょう。もっと詳しく、あなたのお母さんについて教えてもらえる? それとも、悪魔に母親を差し出すのはイヤ? 真珠泥棒を追いかけるのをやめたくなったかしら」

 ジョナサンは答える。

「いいや。別に構わねえよ。俺の生涯はお前のために。そういう契約だったはずだ」

「そう、良かった。躾直しの必要はなさそうね」

「って、言ってもなあ。俺を生んですぐ出て行っちまったから、あんまりおふくろのこと知らねえんだよ。親父に聞いた話がいくつかあるくらいで」

「それで構わないわ。お父さんから聞いた話、してくれる?」

 ジョナサンは首をひねって、父親から聞いた話の記憶を探り始める。




 えーと、そうだな。

 おふくろは、結構やんちゃな海賊らしい。

 銃やら大砲やらぶっ放して、やりたい放題だ。

 荒っぽい男に混じって、なんで女の身で海賊なんてやってたんだろうな……。わかんねえけど、多分おふくろも海が好きなんだろ。俺のおふくろだし。

 おふくろには、心の底から信頼していた相棒がいたらしい。それがメアリー。

 女二人のコンビを舐めてかかって、海の藻屑にされた奴は数え切れないって話だ。

 二人が一緒ならなんだってできる。二人は一つの生き物のようだった、って親父が言ってたよ。

 そんな無敵のコンビだったが、ある時ついに海軍に捕まった。

 牢屋にぶち込まれて、処刑を待つ羽目になる。

 どうせこれから殺す奴を入れとく牢屋だからな。クソみたいな環境だ。糞尿は垂れ流し、隙間風は入り放題。ネズミはいるし、名前もわからないような妙な虫は湧く。夏は暑く冬は寒い。一応食事が出ないこともないが、軍の奴らの食べ残しが腐ったやつだ。

 そんなところに入れられたせいで、メアリーは病気になった。

 医者なんか呼べるわけもないし、薬もないし、体力がつくような食事も与えられない。

 処刑の日取りを待たず、メアリーは虫の息だった。

 牢屋の中で、おふくろはメアリーに誓った。

「私、子供を産むわ。それでメアリーって名付けるの。死んじゃっても、天国にも地獄にも行っちゃいや。私のお腹に来て」

 おふくろは見回りに来た海軍の兵士を誘惑して、赤ん坊を身ごもった。

 妊婦は処刑できない。罪のない赤子を殺すわけにはいかない。そうして、死刑執行の日を先送りにしている隙に、おふくろはまんまと逃げおおせたわけだ。

 なんでそんなやすやすと逃げられたかっていうと、誘惑に乗ったアホな兵士が手引きしてたんだ。それが俺の親父。

 親父は、脱獄囚と海軍の裏切り者でも平気で暮らせる、あぶれ者の島を探した。どうせ全員脛に傷があるんだからって、隣近所の人間の素性をあんまり気にしないような、そういう島を。

 ここまで話せばもうわかるだろ? おふくろが家を出てった理由がさ。

 おふくろだって、まさか本当にメアリーが自分の腹に入るだなんて、思ってなかっただろう。

 あなたが死んでも、私たちは二人で一つ。そういうつもりで今際の際のメアリーに子供を産むって誓ったんだ。

 でも、生まれて来たのは俺だ。ご覧の通りの男だ。

 俺が生まれた時、親父とおふくろは派手に喧嘩したって話だぜ。俺の名前をメアリーにするか、ちゃんと男の名前にするか、ってな。知っての通り、俺の名はジョナサン。おふくろも、俺がメアリーの写し身だって思い込むことはできなかったみてえだ。

 おふくろは、自分の半身を失うことに耐えられなかった。

 俺を生んだ後、体力が戻るとすぐに海に出てったらしい。メアリーを迎えに行く、って言ってな。

 一度だけ、帰って来たことがあるんだ。俺がまだ小さい頃に。

 えーと、そうだ。この眼帯。おふくろがくれた望遠鏡で太陽を見て、目をやられたんだ。それで親父が眼帯をくれた。そうだったそうだった。

 あんまり覚えてねえな……。まだガキだったし。

 あ、そうだ。夜中に親父とお袋がめちゃめちゃ喧嘩してた。

 で、うるせえなあと思いながら布団に入って、目が覚めたら二人とも消えてた。その日から俺は村長の世話になってたんだ。

 それくらいだな。俺がおふくろについて知ってることは。

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