第8話 クラフトの話②
クラフトはピタ、と話すのをやめてしまった。
怪訝に思ってジョナサンが顔を上げると、クラフトは顔をしかめて歯を食いしばっている。泣くのを我慢しているようだ、とジョナサンは思った。
「あー……、悪い。話すのが辛いようだったら、もういい。無理する必要はねーよ」
クラフトは、キッとジョナサンの方へ目を向けた。
「無理などしていない。末弟とはいえ僕はセイララル家の一員なんだぞ! ちょっと辛いことを思い出したくらいで……っ」
「まーまー、強がんなって。飲めよ」
「必要ない。僕は大丈夫だ。兄上の受難に比べればこの程度、なんということはない」
クラフトは、こほんと咳払いをしてから話を続ける。
「中断して悪かったね。心して聞いてくれ。大事な話なんだ。僕の個人的なことでもあるけど、同じ船に乗った以上、君たちにも無関係ではないのだから」
日が傾き始め、東の空がうっすらと紫色になっている。力いっぱいに帆を押している風が、なんだか冷たい。夜が近づいている。
付き合いのある商人が、血相を変えて家に飛び込んできたのは、兄上の葬儀を出すか否かで家族会議を開いていた時だった。
「葬儀の必要はありません!」
商人は声高に叫んだ。立ち寄った港町でたまたま兄上を見つけたのだという。最初はあまりにやつれていてわからなかったが、着ていた服に我が家の家紋を見つけて、もしやと思ったそうだ。
兄上は、近くの港町に流れ着いて、町医者に保護されていた。
船はどうやら沈んだらしかった。町の住人の証言によれば、兄上と同時期に船の残骸と一緒に乗組員らしき漂流者や水死体が流れてきたそうだ。
家族一同、飛び上がって喜んだ。
だって、一度は死んだと思っていた兄上が、帰って来るっていうんだから。
しかし、その喜びもすぐにしぼんでしまった。
商人の船に乗せられて帰って来た兄上は、以前の溌剌とした面影はなく、ぼんやりと空を見つめているばかりだった。
話しかけても反応は鈍く、言葉もあまり話さない。魂が抜けたようだった。
一人では食事も取れず、風呂も排泄も誰かの世話が必要だった。
ロッキングチェアの上で、兄上は一日中ぼうっとしていた。
「兄上。僕です。クラフトです」
僕が話しかけると、兄上は少しだけ微笑んだ。そんな気がした。でも本当は、僕がそうであって欲しいって思っただけなんだろう。
「兄上。申し訳ありません。僕が余計な夢を見たばかりに……」
返事はない。
「僕はどう償えば良いですか。兄上が、また元のように笑ってくださるのでしたら、僕はなんでもします。悪魔に魂を売ったってかまわない」
返事はない。
そこへ、ちょうど部屋に入って来た父上が言った。
「我々はデビー・ジョーンズに呪われているんだ」
「デビー・ジョーンズというと、昔話に出てくる海の悪魔ですか?」
「きっと、魂だけがデビー・ジョーンズの元へ行ってしまったんだ。ここにあるのは体だけ。ここに私の息子はいない」
父上は、兄上の肩に毛布をかけた。私は言葉を失った。
「クラフト。お前も、もう海に出ようなどと金輪際思ってはいかんぞ」
「なぜなのです」
僕は聞いた。
「なぜ、僕たち一族は海に出てはいけないのですか?」
「わからない。私も父からそう聞いて育った。「我々が乗った船は必ず沈む。命が惜しければ航海に出てはいけない」と、昔からそう決まっている」
そんなの迷信だ、と言ってしまいたかったが、実際に兄上の乗った船は沈んだ。偶然で片付けていいとは思えなかった。
「僕が出航すれば、僕の船もきっと沈むのでしょうね」
「そうだ。だから……」
「父上。それでも僕は船を出します」
父上は、顔を真っ青にして怒鳴った。
「やめろと言うのがなぜわからん! 絶対に許さんぞ!」
兄上が、首を傾げて父上を見た。大きな声に反応したらしかった。
「兄上は、形はどうあれ帰って来てくださいました。僕は約束したのです。兄上が帰って来たら、今度は僕が船を出してこの島のためになるものを持ち帰ると。僕は、兄上を元に戻す方法を探しに行きます。医者でも呪術師でも魔法使いでもなんでもいい!」
父上は、僕を止めようと必死だった。
「馬鹿なことを考えるんじゃない! やめろ! お前まで二の舞になってしまったら、そんな悲しみ、我々には背負いきれない!」
「この島には兄上が必要です! 兄上がもういないなんてそんなの嫌だ!」
こうして僕は、船出の決意を固めた。
とは言ったものの、あても手がかりもなにもなくてね。
僕はたまたま停泊していた商船に、次の島まで乗せてもらうことにした。行き当たりばったりになるが、仕方ない。必ず兄上を助けてみせると意気込んで、僕は海に出た。
しかしだよ。二人とも、この後のことはだいたい察しているのだろう?
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