第2話 ジョナサンの話①

 俺はさ、海賊に憧れてるんだ。

 自分の力で航路を切り開いて、冒険の果てになにかを掴み、新しい島で仲間を見つけたり、お宝を探したり。そういうの、いいなって。

 そんで、小さい頃に海賊の真似事をして望遠鏡を覗き込んで、うっかり太陽の方見ちまってさ。それからはご覧の通りの眼帯だ。

 似合ってるって? ありがとな。父さんがくれたんだ。「お前はきっと、それが似合う海の男になる」って言ってさ。

 お前も見たと思うけど、俺の故郷は寂れた漁村でさ。やることって言ったら、船を出して魚を獲るか、酒場でおっさんどもと騒ぐくらいだ。

 それが、なんだか嫌でな。

 なのになんで今まで旅に出なかったかって言うと、うちの島には掟があるからだ。

『入江の外に出てはいけない』

 だとよ。みんなが口を揃えていうんだ。

 うちの島の砂浜にはさ、潮の流れの関係上、色々流れつくんだ。物も、人も。

 で、どうやら潮の流れを遡ると、〈おきざり島〉があるみたいなんだよ。

 知ってるか? おきざり島。海賊たちが、船の掟を破った乗組員を捨てていく島なんだとさ。狩って食えるような動物もいないし、泉も川もない。置いて行かれれば、干からびるのを待つしかない。

 要するに、うちの島に流れ着く人間ってのは、そのおきざり島から意を決して海に飛び込んで、運よく命拾いした奴なんだよ。村人の半分くらいはそういう奴か、そういう奴の子孫だ。

 だから、外海に出て昔の仲間に出くわすことをなによりも恐れてる。生きてることが知られたら、今度こそぶち殺されるから。

 みんな、俺が入江の外に出ようとするとあの手この手で邪魔するんだ。腰抜けだけど、腐っても元は海賊だからな。手段は選んじゃくれねえ。結構熾烈な戦いなんだよ、これが。

 ある日、俺はいつものように思いっきり帆を張って、オールを漕いで、入江の外に出ようとしていた。

 でも当然のごとく邪魔が入る。

「コラァ! ジョナサン! どこにいく気だ!」

 村長が派手に大砲をぶっ放しながら追いかけてきた。もういいおっさんなのに元気なんだよなぁ。

「うるせー! 俺は冒険の旅に出るんだよ!」

「やめとけやめとけ! お前なんか大海賊エドワードとの一騎打ちに惜しくも敗れるのが関の山だ!」

「思いのほか高評価! ありがとよ!」

「おうそうだ! お前はやればできる奴だ! 村の掟を守ることもできるはずだろ!?」

 ドサッ、と甲板に煙を上げる麻袋が落ちた。あちこちが焼け焦げて煙が上がってた。大砲に込められた弾は鉄球じゃなくてこれだったらしい。

 怪訝に思って近づくと、その袋はもぞもぞ動き出したんだ。

 次の瞬間、俺は悲鳴をあげた。袋の中身は大量のねずみだったんだ。灰色の小汚いけだものが好き放題にウジャウジャと船内を駆け回り始めて、俺は全身に鳥肌がたった。

「ぎゃー! なにすんだおっさん!」

「はっはっはー! お前のために村中からかき集めてきたんだぜ! そいつらを旅のお供にするのが嫌なら、今日のところはおとなしく港へ戻るんだな!」

「ちくしょー! 卑怯者め! 覚えてろよ!」

「ひゃはは! こんな愉快なこと忘れるわけないだろ!」

 悔しいが、俺は船を戻すことにした。こんな有様で沖に出るのは無理だ。

 でもだからと言って、村長に言われるままに港に戻るのも癪でさあ。適当な岩場に船を寄せたんだ。

 そこは俺のお気に入りの場所なんだ。海が近いし、潮溜まりにいる生き物を見てれば飽きることはない。

 俺はひとまず、船の中を走り回っているねずみたちを捕まえて、陸地に逃がした。すばしっこいしたくさんいるし、すげー苦労したんだぜ。

 最後の一匹をつまみ上げた時だった。

「やっぱりここだったか」

 声がして、振り返るとそこには村長がいた。

「なんだよ。俺のこと笑いに来たのか?」

「いいや。忠告をしに来たのさ。お前は絶対に海賊になんぞ向いていない。入江の外へ行くのはやめろ」

「なんでそう思うんだよ。やってみなけりゃわからねえだろ」

「わかるさ。お前がここにいるからな」

 村長は、俺がつまんでいるねずみを指差して、呆れたように笑った。

「なんで海に捨てなかった」

「え、だって、そんなことしたら死ぬだろ」

「そいつらを海に捨てちまえば、お前は今頃ずっと沖の方にいただろうよ。海賊なんてやっていけるのは、笑いながらそういうことができちまう血も涙もない奴だけだ。お前には向いてない」

 村長も流れ着いた元海賊の一人だって聞いたことがある。

「海は荒くれ者の領域だ。いつだってみんななにかを奪い合ってる。理不尽だが、そういう場所なんだから仕方ない」

 村長は昔そういう血も涙も無い奴らとつるんでて、最後には捨てられた。だからやめておけ、ってことらしい。

「親父さんを探しに行きたいんだろうが、見つかりっこない」

「勘違いするなよ。俺は別に親父なんかどうでもいい。親父が焦がれた挙句に飛び出してった海ってところが、どんなに素晴らしいところなのか見に行きたいだけだ。まあ、もしもデビー・ジョーンズにでも出くわしたら、もののついでに「あんたのとこに俺の親父が沈んで来なかったか?」って聞いてもいいけどさ」

 そうそう、忘れてたよ。お前のとこにうちの親父、行った? あの時は本当にいるなんて思ってなくてジョークのつもりだったんだがなぁ。

 来てない? そりゃあなによりだ。

 でだ。漁に出てった村長を見送って、少しぼーっとしてから、仕方なく俺も漁に出た。脱走は朝一。晴れた日に。それが失敗したら仕事をする。俺の中のルールだ。

 脱走騒動のせいで出遅れるから、いい場所は他の奴らに取られてる。俺は別に魚影が見えるわけでもいい潮が来てるわけでもない、適当な場所に網を投げた。

 あんまりかからないのが普通なんだが、その日はなぜか網が重かった。

 今日の晩飯はたくさん食えるかな、ってちょっと期待したわけだが、そうじゃなかった。いや、最終的にはオールオーケーなんだけどさ。

 なぜなら網にかかったのは魚じゃなくて、デビー、お前だったからさ。

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