第4話 エルフ「アメリア」の登場とアクアの非凡な才能

 



 アクアが初めて魔法を使ってから四年半の月日が経ち、アクアは五歳となった。アクアが大きくなるのと同じく、山の木々たちは変わらず天を目指すかのようにすくすくと伸びている。


 五歳になったアクアは元気な女の子へと成長していた。テューポーンと山の中へ山菜取りに出かけたり、ファフニールの家事の手伝いをしたりと、とても元気良く活発であり利口な女の子へと成長を遂げている。



 アクアたちがこの家に住み始めてから、家の周りをテューポーンとファフニールは大改造していた。まず家の周りに生えてあった木々を伐採し、大きな庭を造りあげたのだ。その庭の大きさは家よりも遥かに大きい。テューポーンが将来アクアに魔法を教えていくにあたって、魔法を自由に使える程の広場が欲しいと言い始めたのがきっかけだった。テューポーンとファフニールは熟練の木こりかのようなスピードで軽々と木々を伐採していき、庭という名の魔法練習場を作り上げていた。


 テューポーンは魔法を当てる練習のために案山子を作ったり、ファフニールは魔導書を街で購入してきたりと、二頭のドラゴンはアクアに絶賛溺愛中なのである。



 ――――そして今日は魔法に関する来客があるようだ。魔法についてはテューポーンとファフニールはそこまで優れているわけではない。人間と比べるとするならば、大抵の人間よりも二頭の方が優れているであろうが、ドラゴンや人間以外の魔法が使える種族の中では特出して優れているわけではない。従って、二頭の知り合いである人物の中で一番魔法に関して詳しいであろう人物を呼んだわけだ。


 

 アクアとテューポーンは現在、庭で魔法の練習をしている。ファフニールは家の中で昼ご飯を拵えているところだ。


 アクアは既に下級魔法である<火球>や<水球>などは使いこなすことが出来る。これはテューポーンが教えたもので、アクアは原理を理解せずとも見ただけで真似をすることが出来た。そのためテューポーンが使える下級魔法で、アクアに使えない魔法は無いのかもしれないという程の成長ぶりを見せている。魔導士としての適性がある人間が早くて十歳頃で魔法を使い始めるのに対して、五歳になったばかりのアクアが下級魔法をマスターしている時点で、アクアの非凡さが浮き彫りになっているのがわかるだろう。



 そんなアクアがテューポーンに見てもらいながら、案山子に向かって魔法を放っていると山の方から足音と共に一人のエルフが姿を現した。


 テューポーンはそのエルフの前まで行き、穏やかな顔で語り掛けた。



「よくぞ来てくれた。長き友であるエルフ「アメリア」よ。こうして我が<人化>して会うのは二百年ぶりくらいだろうか。遠いところわざわざ足を運んでくれて助かるぞ」

「はっ。あなたに礼なんか言われたくはないね。あなたには借りがあったからそれを今日返済しに来ただけの話だからね、破滅の銀龍「テューポーン」さんよ。まぁいいわ。それでその子があなたの子どもとやらのアクアちゃんね」



 そういうとアメリアはにっこりと笑い、アクアの近くまで行きアクアの周りをグルグルと回って観察をし始めた。アクアは緊張した面持ちでじっと直立して辺りをキョロキョロと見渡している。辺りをキョロキョロと見渡しているアクアは、何かを目で追いかけているようにも見えた。



 アメリアの見た目は二十代くらいの華麗なお姉さんで、耳は長く、髪は黒髪のロングヘアだ。身長も女性にしては高い方で、テューポーンより少し低いくらいだ。そしてスタイルもファフニールに負けず劣らずの、男の目を引き付ける身体つきをしている。


 エルフは長寿であり、アメリアの本当の年齢は未だ誰も知らないと言われている。噂によれば五百年は生きているのではないか、とも言われている。それにアメリアは王国で働く王宮魔導士でもある。王国随一の魔導士であり、王国最強の魔道士としてその名を轟かせている。アメリアは現代魔法の事なら何にでも精通しており、古代魔法や禁術とされる魔法にも精通している。古代魔法や禁術の研究は、王宮魔導士のアメリアだからこそ許される行為で、実際は古代魔法や禁術の研究などをすることは許されていない。



 今日テューポーンがアメリアを呼んだのは、アクアの魔法に対する適正について知りたいから呼んだのだ。あまり魔法について詳しくないテューポーンよりも、王国最強の魔導士として名高いアメリアの方が、アクアが持つ魔法に対する適正についてわかることが多いと思ったのだ。



 アメリアは一分ほどでアクアの観察を終え、テューポーンの元へと急いで駆け寄って小声で話し始めた。


 

「はぁ。さすがに戦闘狂のあなたでも気付いているだろうけど、あのアクアっていうあなたの子ども。はっきり言って異常だよ。まずね、持っている魔素の量が五歳児にしては異常過ぎる。魔素の量だけで言えばわたしと大差ないよ。それとね、多分だけどあの子は魔素の流れが見えている。さっきから斥候のために出している魔法で作り上げた<不可視の鳥>を目で追っているわ。もしかすると、この子の魔法に対する適正の謎は、魔素の流れが見えることにあるのかもしれないわね。それにしてもねぇ…」



 と頭を悩ませながら考え込むアメリア。アクアと言えば何を言われているのかと気になっており、もしかすると怒られるのではないかと少しおどおどしているようにも見えた。


 テューポーンはと言うと、我が子が魔法に関しての適性が優れているという事がわかったのが嬉しいのか、二人とは違って心底嬉しそうな顔をしていた。



「つまりは、我が子のアクアは天才だと言う事で間違いないのか?さすが我が子だ」



 と自慢げなテューポーンに対して、すかさず突っ込みを入れるアメリア。



「いやいや、あなた流石にその考えは親馬鹿過ぎやしないかい。それにしても王宮魔導士のわたしでもこんな非凡な子どもは見たことがないよ。一体どうしたものかしらねぇ…。まぁいいわ。とりあえず、本当に魔素の流れが見えているのかどうか確認してみようかしら」



 アメリアはそういうとアクアの元へ近付いて行き、にっこりと笑いながら話し始めた。



「えっと、アクアちゃんで良かったかな?アクアちゃんは今私の周りを飛んでいる鳥が見えている?」

「あっ、う、うん!!鳥の形をした魔素が飛んでいるのが見えているよ!可愛い鳥さんだね!!それからね、この鳥さんはお姉さんと同じ魔素で出来ているから、多分お姉さんの魔法だよね?良かったら教えて欲しいな!!」



 アメリアの魔法に興味津々なアクアは、少し緊張しているようだが食い気味に元気よくアメリアの質問に答えた。


 元気よく質問に答えてくれたアクアの頭をアメリアは優しく撫でながら、元気よく答えられて偉いねぇ。と言って次の質問を投げかけた。



「うん。この鳥さんはお姉さんの魔法だよ。後でアクアちゃんに教えてあげるね。それにしても、アクアちゃんには魔素が見えているのかな?」



 アメリアの質問にアクアは首を傾げ、人差し指を顎に付けながら考え始めた。


 このポーズはアクアが困ったときや考え事をするときにするポーズで、テューポーンとファフニールはこの状態のアクアが非常に可愛くて大好きなのだ。



 アクアが考え始めてから少し間が空いて、アクアは質問に対して答え始めた。



「――――んーっとね多分、アクアは魔素が見えているんだと思うんだけど、ちょっと違うのかも知れないの…。パパやママはね、魔素は見えないって言うんだけど、アクアにはね魔素に色が付いて見えるの。例えば、お姉さんの魔素は優しい色をしていて、黄色と緑色をしているね。それに比べてパパの魔素は濃い赤色みたいでちょっと悪そうな色に見えるの。あとね、ママは優しい青色なんだよね」



 それからね~とまだまだ話そうとするアクア。



 ――――しかしアクアが言った言葉により、場の空気が完全に凍ってしまった。


 質問をしたアメリアに至っては、目を大きく開けて口をパクパクとさせて放心状態である。

 テューポーンは、そんなことはあり得ないと言わんばかりの表情をしている。

 アクアはと言うと、何かやらかしてしまったのかと思い、話すのを辞めて瞳に涙を溜めながらおどおどし始めてしまっている。



 アメリアが放心状態になってしまうのも仕方がない。それもそのはず、この世界の魔素に色なんてものは存在しない、はずだった。


 少なくとも王国最強の魔導士であるアメリアでさえ、魔素に色があるという情報を聞いたことがない。確かに魔素の流れが見えることはたまにある。強力な魔法を放つ時に魔素が溢れ出し、それが可視化される状況は稀に存在している。また、大量の魔素を持つ者に対しては、優れた魔導士なら魔素を感じ取ることが出来る。つまりアメリアがアクアの魔素の量が異常だと言ったのは、アメリアが優れた魔導士であるという裏付けにもなる。



 しかしアクアが言ったのは魔素が見えるのでも魔素の流れが見えるのでもなく、魔素を感じ取れるのでもなく、魔素に色があると言ったのだ。それに加えて魔素の色には個人差があるという。



 少しの間、空間に穴が空いてしまったがアメリアは頭を横に振って正気を取り戻すと、困惑気味ながらも話し始めた。



「――――まだちょっと信じられないんだけど、アクアちゃんが言うには魔素に色が付いているってことだよね?ちなみになんだけどアクアちゃんの魔素は何色なのかな??」



 その質問にアクアは瞳に溜めていた涙を引っ込めて、また人差し指を顎に当てて考えながら答えた。



「えーっとね、アクアの魔素は色がたくさんあると思うの。<水球>を使えば青色になるし<火球>を使えば赤色になるの。あとは<風切り>なら緑色になるの。だからアクアはたくさんの色の魔素を持っているんじゃないかなって思うの」



 アクアは確認するために指先から火を小さく出して、やっぱり赤色だ。と呟き、今度は指先から水を垂らして、やっぱり青色だと呟き頷いている。



 アクアの言葉にテューポーンは、つまりだな。と切り出して話し始めた。



「アクアは天才だという事だろう?それ以上それ以下でもない。五千年以上も生きる我でさえ、魔素に色がついているなどは聞いたことが無い。それに魔素の色に個人差があるなんてのもだ。従って、誰も知らないことを知っているアクアは天才である。それで良いのではないか?」

「いや、そういうことじゃないのよ。というかあんた本当に親馬鹿なのね。こんなあなた見たくなかったような気がするけど。それにしても、アクアちゃんは何か大事な事をわたしに教えてくれている気がするのだけども…」



 そういってアメリアは親馬鹿状態のテューポーンを放っておいて、屈みこんで何かを考え始めた。



 その間テューポーンはアクアの元に駆け寄り、偉いぞ。と言って頭を優しく撫でていた。



 この光景を見て誰がこの親馬鹿っぷり満載の父親が、世界最強のドラゴンであると気付くのであろうか。はたから見れば、自分の子が可愛くて仕方がない父親にしか見えない。それほどにテューポーンはアクアに溺愛していることがわかる光景だ。アクアは目を細めて嬉しそうにされるがままにしている。アクアも父親であるテューポーンが大好きなのである。



 ――――それから少し時間が経ったが場に変化があまり見られていない。今の状態はアメリアは頭を抱えて真剣に考えこんでしまっているし、テューポーンはアクアを肩車して走り回っている。完全に魔法がどうこうといった雰囲気ではなくなってしまっているようだ。頭を抱えるエルフに、子どもと遊ぶ<人化>したドラゴン。完全にカオスな空間だ。



 そんな時に家の中からファフニールが出てきた。



「はいはい。お昼ごはんが出来たよ~。テューポーン!!あんたスピード出し過ぎ!!…って、げっ、アメリア。あんたもう来てたのね。まぁいいわ。せっかくならあんたも食べていきなさい。魔法のことについてはそれからよ」




 こうして三人はファフニールの言葉で現実に呼び戻され、家の中で昼食を取ることにした。

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