第3話 女の子の名前は「アクア・カーマイン」



 銀色のドラゴンが人間の赤子を拾ってから半年の月日が流れた。季節は冬真っただ中で、山は雪に覆われ、白いベールを被っている。一面が緑色だった山が、一面真っ白になっている光景はどこか違う世界に来たかのようにも感じる。



 二頭のドラゴンは話し合いの結果、拾った人間の赤子を「アクア・カーマイン」と名付けた。アクアが名でカーマインが姓だ。

 アクアという名前は眼の特徴から来ており、まるでアクアマリンかのように蒼く、とても綺麗な目が特徴的なこの子にはピッタリな名前であろう、ということでファフニールが名付けた。カーマインという姓名は髪色から来ている。まるで炎が燃えているかのような髪色であるが、そこには神秘さもあるように感じる。これもファフニールが名付けた。


 テューポーンと言えば名づけのセンスというものが皆無だったようで、挙げた例をことごとくファフニールに却下されて酷く落ち込んでいた。確かに「ゼウス」や「リバイアサン」などの名前を付けようとしたテューポーンの意見は、却下すべきであっただろう。



 この世界では姓を持つ人間は少ない。主に貴族だけが姓を持つことになっており、平民は名前しか名乗ることを許されない。しかし、稀に平民であれ姓を持つ者がいる。例えば有名な騎士の家系や有名な魔導士の家系などの場合では、平民が姓を名乗って何ら問題はない。むしろ実績に応じて姓を名乗ることを国から命じられることもある。


 つまり姓を平民が名乗るにはそれなりの実績や過去の功績が必要になってくるというわけだ。従って二頭のドラゴンに拾われたマリン・カーマインが姓を名乗っても何ら問題はないであろう。それは世界最強のドラゴンに拾われた人間なのだから。世界最強のドラゴンが決めた決定事項に逆らうことが出来る人間がいるのであろうか。仮に世界最強のドラゴンに育てられたとアクアが説明したとして、それを真に受ける人間がいるのかと言われればそれはまた別の話ではあるが。




 ――――アクアは凡そ一歳になった。少しずつ言葉を発することが出来るようになってきている。「マァマやパ、パ」という、たどたどしい口調ではあるが簡単な単語なら発するようになっている。また、しっかり歩くことは出来ないがよちよち歩きなら出来るようになっていた。歩いては転んでを繰り返しているが、その姿を見ることが現在は二頭のドラゴンにとっての幸せでもあり楽しみにもなっていた。そして何よりもアクアの笑顔はよく笑う赤子だった。泣くことももちろんあったが、それよりもアクアの笑顔が二頭のドラゴンを幸せにしていた。



「ドラゴンの姿で冬を越すのは全然問題ないのだけど、<人化>した身体では冬を越すのは堪えるわね。あらあら、寒いとおもったら暖炉の火が消えちゃっているじゃないの。テューポーン、薪を追加して火をつけて頂戴」



 テューポーンは了解した。と言って薪を暖炉に追加して、指先から魔法で炎を出して薪に火をつけた。



 指先から現れる小さな火。これは<下級魔法>に値する魔法であり、魔法使いなら誰でも使用することができるであろう。魔法には「適正」というものがあったりもするが、小さな火種であったり、水滴を少し垂らしたりするような魔法では、適性はあまり関係しない。しかし、<下級魔法>と言っても魔素は消費するため、魔素が少ない人間の場合は長時間使うことは難しいであろう。



 薪に火が移り部屋が暖かくなったと共に部屋全体も少し明るくもなった。テューポーンはキッチンに戻り、夕飯の仕込みをしている。最初は慣れない手付きだったテューポーンだが、今では立派な父親と言っていいほどの手際の良さが垣間見えている。


 ファフニールは冬を越すために必要なセーターや温かい服などを拵えているようだ。毛糸を人里から大量に買ってきており、これまでにも何着かセーターやマフラーなどを編んでいた。



 ――――そしてアクアはと言えばファフニールの隣に座り、じーっとテューポーンが起こした火を見ていた。そして自分の指先と火を交互に見比べて、何か集中しているようにも見える。



「んーっ。んー?ん~…」



 どうやらアクアは指先に力を入れて火を出そうとしているようだが、さすがに一歳児には難しいようだ。



 それに気付いたファフニールが、編み物をしている手を止めてアクアに話しかける。



「アクアは火を出してみたいのかな?」



 その問いかけに対して、アクアは首を傾げながらもじっと自分の指先を見つめている。



「そっかそっか。アクアは火を出してみたいんだね。良い?アクア。火を出すためには魔素を使わないといけないの。自分の中にある魔素を火になるようにイメージして放出させるの。だからまずは自分の中にある魔素を感じ取れなくちゃいけないの」


 

 と優しく教えているようにも見えるが、ファフニールの説明では一歳児には理解不可能であろう。


 するとアクアはよくわかっていないであろうが、再び暖炉の火と自分の指先を交互に見始めた。


 アクアが考えている仕草がとても可愛らしく、ファフニールは目元をうっとりとさせながらも作業に戻った。当然二頭のドラゴンは、一歳児が魔法を使うことが出来るなんて思ってもいない。



 ――――それからアクアは五分ほど、自分の指先と暖炉の炎を見比べていた。首を傾げて、時折指先に力を入れているようだ。なんで火が出ないんだろうと試行錯誤しているようにも見える。



「――――ん~。んーー?ッ!!キャッ!!」



 すると十分は経った頃に、ボウッ!という音と共にアクアの指先から小さい火が現れていた。



 アクアの声に振り向いた二頭のドラゴン。あんぐりと口を開けて手が完全に止まってしまっているファフニール。凄いじゃないかとどこか自慢げにアクアの傍まで行き頭を撫でるテューポーン。そして火が出たことが嬉しいのかケタケタと笑っているアクア。



「信じられない…。人間の一歳児が魔法を使うなんてありえないでしょ…。いくら魔素が多い子だからってそんなことあり得るのかしら。あたしでさえこんな事例聞いたことがないんだけど…」

「まぁまぁ良いではないか。これだけ可愛い顔をして魔法を使ってくれるのであれば、見ている方も幸せだろう」



 いや、そういう事じゃないんだけど。と息を吐くファフニール。



「とにかく、アクアは魔法に対するセンスというものが異常なのかもしれないわね。一歩間違えればそれこそ危ない道に行ってしまうかもしれない程の魔法適正の持ち主かもしれない。あたしたちがしっかりとした道に導いてあげないといけないわ」



 そのファフニールの言葉に、あいわかったと返事をするテューポーン。



 深刻そうな雰囲気が場に流れていたが、その間もアクアはケタケタと自分の指先を見て笑っていた。



 今日の出来事は二頭のドラゴンが頭を悩ませる一日となり、アクアの魔法に対するセンスというものが垣間見えた一日でもあった。


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