第5話 アクアはママの悪口は許さないようです
四人は家の中で昼食を取って、ファフニールが出してくれたお茶を飲みながら思い出話に花を咲かせていた。
アクアは早くアメリアが使う鳥の魔法を教えて欲しいようで、早く外に行こうよ!!と言ってソワソワしていた。それをテューポーンが、もうちょっと休憩してから外に行こうぞ。とアクアをあやしていた。
「――――そういえば我がアメリアに最後会ったのは、二百年前の【ヒュドラ討伐戦】の時だったかの。予想以上にアメリアがヒュドラに苦戦しておってな。もしかすると殺されるかもしれん状態まで陥っておったから、我があんな小物にアメリアが殺されてしまうのは勿体ない思い、助けに行ったんだったな」
「違うわよ。ヒュドラなんてわたし一人でも余裕だったんだよ。だけど、あいつの毒が予想以上に厄介で、わたしが使える<解毒魔法>じゃ治せない毒だったのよ。あの毒さえなければ、わたし一人でも余裕だったんだからね」
「あたしはあんたがあのまま死んじゃっても問題なかったんだけどね」
「ファフニールは黙ってて。まずね、あんた王国の守護龍だなんて呼ばれている割にはいっつも山奥に引っ込んでいるだけじゃないの。それで王国の守護龍だなんて笑わせてくれるわ。王国の危機に助けに来ない引きこもりの守護龍(笑)に文句なんて言われたくありませ~ん」
「あ、あんたねぇ!!元はと言えばあんたがあたしの助言を聞いておけば、ヒュドラの毒なんて対処できたでしょうが!!あたしはしっかり『ヒュドラの毒は厄介だ。<解毒魔法>じゃ治せない毒だから注意しなさい』ってしっかり<念話>で伝えてあげたでしょうが!!」
「そんなの聞こえてませんでした~~。山奥に引っ込んでるから声が届いてなかったんじゃない?」
アメリアの言いぐさにファフニールは怒ったのか、アメリアの長い耳を摘まみ上げて耳元で文句を言っているようだ。
一見仲が悪いように見えるが、昔からアメリアとファフニールはこんな感じで会えばすぐ言い合いを始めてしまう仲である。
「王国の守護龍」と「王宮魔導士」ということもあり、二人はそれなりの交流を持っている。しかしどこか馬が合わず、言い合いをしてしまう。二人の関係を言い表すなら犬猿の仲と言った感じだろう。そしてテューポーンからすれば二人の言い合いはいつもの事であり、全くもって気にしていないようだった。
――――二百年前の【ヒュドラ討伐戦】。これは未だに王国で語り継がれている出来事だ。王国付近に厄災と名高いヒュドラが現れ、このままでは王国に被害が出てしまうかもしれないという状況に陥った。ヒュドラは首が三本あり、猛毒を使って敵を苦しめ、いたぶり殺していくことで有名な魔物だ。一見ドラゴンのように見えるが、テューポーンとファフニールはヒュドラの事を「あれはドラゴンではない。ただの首が多いトカゲ」だと言う。実際ヒュドラの存在自体が現在はおとぎ話のような存在で有名な厄災の魔物ではあるが、ここ数百年の間で王国周辺にヒュドラが出現することはなかった。しかし二百年前、突如として王国付近にヒュドラが突如現れ、その気配を第一に感じ取ったアメリアが単騎で討伐に向かったのだ。
アメリアが単騎で討伐に向かった理由は、王国を危機から守るという理由もあったが、一番の理由はアメリアが自分の力を過信していたからだ。王宮魔導士という肩書もあり、自分の力に酔っていたとでも言えば理解はし易いだろう。王国最強、王宮魔導士、エルフとして長年生きている経験や自信などが、アメリアの過信に繋がったのだ。
結果的にヒュドラに足元を掬われ毒に侵されたアメリアが、<念話>でテューポーンに助けを求め助けられたというわけだ。
テューポーンはアメリアとヒュドラが戦っている事を知っており、遠目で観戦していたので助けに来るのも早かった。
戦いに駆け付けたテューポーンのブレス一つでヒュドラは絶命。アメリアが苦戦していたヒュドラは跡形もなく瞬殺されてしまったのだ。アメリアからすればそれまでの交戦が無意味と言えてしまうほどあっけない幕引きとなった。
しかし、テューポーンは手柄など要らぬ。と言いアメリアにヒュドラ討伐の手柄を渡した。
そして結果的に、王国内では王宮魔導士のアメリアがヒュドラを単騎討伐したとして、【ヒュドラ討伐戦】は人々に広まっている。
これが【ヒュドラ討伐戦】という名の【テューポーン無双戦】の概要だ。
「――――元はと言えば、守護龍のあんたがさっさと討伐しちゃえばわたしが失態を晒す必要も、テューポーンに借りを作ることもなかったんだからね!!ほんと、守護龍なんて笑わせてくれちゃうわ」
と、アメリアはファフニールの手を振りほどいて八つ当たりに近い文句を言っていた。
こんな言い合いは、アメリアとファフニールからすればいつも通りで、じゃれ合いみたいな感じなのでが、ファフニールの事を悪く言うアメリアを許さない小さき者がその場にいた。
「――――――――ねぇアメリアお姉さん。さっきからママの悪口を言ってるけど、ママの悪口を言うのはアクアが許さないよ?ママに謝って。」
その声に驚いたアメリアとテューポーンとファフニールの三人は、一瞬でアクアの方に目を向ける。
そこにはいつもの可愛らしい顔のアクアではなく、涙で瞳を潤ませ、五歳児とは思えないほどの鬼の形相を浮かべながら震え、アメリアを睨みつけているアクアがいた。
見たことのないそのアクアの表情に、テューポーンとファフニールは驚きと困惑が混じった顔を浮かべる。アメリアはまさか自分がアクアに怒られると思っていなかったのか、唖然として言葉を発せずにいる。
それもそのはず、三人からすればいつものファフニールとアメリアの言い合いなのだから。いつもの言い合いに対して、アクアが怒っているという予想外の事態に驚いて声が出ないのも無理はない。
そしてアクアはというとファフニールを馬鹿にされた怒りからか、可視化できるほど濃密な魔素を身体全体から漏らしていた。
「――――――――――アメリアお姉さん。アクアはママに謝ってって言ったの。聞こえなかったかな。もしかしてアクアの声が小さかったから聞こえなかったのかな。じゃあ、今度は大きな声で言うね」
アクアはアメリアの真正面まで詰め寄り、アメリアを見上げて睨みながら大きく息を仕込み、そして叫んだ。
「ママに謝ってって言ってるの!!!ママを悪く言う人はアクアが許さない!!!!!大切なママを馬鹿にする人なんてアクアがぜっっっっったいに許さないんだから!!!!!!」
号哭とも言えるアクアの怒りと同時に、アクアの身体から溢れ出していた濃密な魔素がアメリアに襲い掛かった。アメリアは驚いて何も出来ずにあっという間にアクアの濃密な魔素に包まれてしまい、呼吸が出来なくなってしまった。アメリアほどの魔導士が魔素のせいで呼吸困難になってしまうような、それほど濃密な魔素がアクアから放たれている。
手を喉に持っていき何とか呼吸をしようとするアメリア。唖然とするテューポーンとファフニール。
アクアは早く謝ってよ!!!と叫んで魔素の勢いを止める気配が無く、むしろだんだんとアメリアを襲う魔素の量が増えていっている。
だんだんとアメリアを襲う魔素の勢いが強くなっていることを見て、このままではアメリアが死んでしまうと感じ取ったファフニールは、はっと我に返り、すかさずアクアの元へ駆け寄りアクアを抱きしめた。
「――――もういいよアクア。魔素を止めて頂戴。ママを大切に思ってくれる気持ちはとっても嬉しいけど、ママの知り合いを殺してしまうのはママ、悲しいかな。だから魔素を止めてくれるかな」
その言葉を聞いたアクアは徐々に魔素の放出を抑えていく。しかし、ママを馬鹿にするのは…。とアクアはまだ不満げな表情を浮かべている。
「大丈夫だから。アクアの気持ちはとっても嬉しい。けどねアメリアはあんな事をママに言ってきたけど、ママの大切な知り合いだから。だから許してあげてほしいな」
アメリアも早く謝りなさいよ。とファフニールはアメリアに言った。
アクアの魔素から解放されたアメリアは、喉を抑え苦しそうにしながらも、アクアに対して慎重に言葉を選びながら謝罪の言葉を発した。
「――――――ごめんなさいアクアちゃん。あなたの大切なママの悪口を言ってしまって。ファフニールもごめんね。ちょっと言い過ぎちゃったみたい。アクアちゃん。もう二度とあなたのママの悪口は言わないわ。約束するわ」
本当にごめんなさい。とアメリアは先ほど死にかけた恐怖からか、目線を下に落としながら言葉を紡いだ。そのアメリアの姿は、アクアに怯えているかのようにも見えた。
――――するとアメリアの謝罪を聞いたアクアは、先ほどまで浮かべていた鬼の形相が嘘みたいにすっと笑顔に変わり、いつも通りの可愛らしい顔に戻っていた。
「うん!!謝ったならいいよ!!ママも怒ってないみたいだし!!アクアもちょっと怒り過ぎちゃったみたい。アメリアお姉さんごめんなさい。それより、アメリアお姉さんの鳥の魔法。あれ教えて欲しいな!!アクアね、早く可愛い鳥さんが欲しいの!!!」
先に庭に行って待ってるね!!とアクアはそう言って家を飛び出してしまった。
天真爛漫な五歳児に振り回され、家に取り残された三人。アクアにとっては、あれがちょっと怒ってしまったという度合いなのかと三人は思った。
二頭のドラゴンに一人のエルフ。アクアに完全に振り回されてしまった三人はどうしようもなくただ呆然として、顔を見つめ合った。
次第に三人からは笑い声が漏れ始め、一呼吸着くとアクアの後を追って庭へと足を運んで行った。テューポーンは、さすがに後でお説教をしなきゃならんな。と苦笑いを浮かべていた。
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