第24話 君がいる世界
「はい、それじゃー今からパンフレットを回すから一枚取ったら回してね!」
蝉の鳴き声が耳を刺す暑い夏の昼間、引率の女教師は受け持つ生徒達に指示をする。
とある美術館に高等学校の一学年が課外学習の一環で訪れていた。パンフレットが回され、大半の生徒が気怠そうにする中、それを見つめる少女がいた。
「……はく……琥珀!」
「うわ!」
パンフレットに夢中になっていた、その少女は自分の名前が呼ばれると驚き我に返った。
「琥珀~もう皆中に入っちゃたよ~」
「ごめんごめん、茜。ボーッとしてた」
「早く行こうよ、土井が怒ってるんだってば」
美術館の入り口方向を見ると一人の男子生徒が腕を組みしびれを切らし、こちらを睨んでいた。
急ぎ足で二人は合流した。
「何やってんだよ」
「ごめん、ごめん」
「あんま怒んなよ土井~、琥珀はどこにも行かないぞ~」
「うっせ!」
クラスで四人一組で美術館を見学行動するがクラスの人数上、琥珀達は三人一組となった。
美術館の入り口を後にしエントランスを抜けると、世界各国から集められた古代美術品などがガラスケースの中に収められていて、ある生徒は興味津々に、ある生徒は欠伸をしながら退屈そうにそれを見学している。
「しっかし、めんどくせーなー」
「いいじゃん、たまにはこういうも。机で勉強しなくて済むし、ね、琥珀」
「あ、うん、そうだね」
「てかよー、来週テストだぜ、勉強してんの?」
「あ~ヤバイけど、私は陸上推薦だから大丈夫かな~」
「脳筋はいいよな~」
「うっさいわ! あんたも野球しかないくせに!それに比べて琥珀は今回も余裕でしょ。もう大学も絞ってる?」
「う~ん、余裕かどうか分かんないけど。大学は植物の研究が出来る所に行きたいな」
三人は歴史的美術品そっちのけで会話をしながら順路を進んだ。
その時、琥珀の足がある場所で止まる。見つめる先には照明が灯っていない長い廊下がありその手前には『関係者以外立ち入り禁止』のロープが張られていた。琥珀はこの先の何かに引きつけられる感覚があった。そして無意識にそのロープを飛び越え奥へと進んで行った。
「でよー、田中のやつがさー……ってあれ? 琥珀は?」
「……またか~」
茜も土井も彼女が居なくなったのに気が付いたのは数分後の事であった。
薄暗く長い廊下を琥珀は進んで行くと両開きの扉が待っており、その取手に手を掛けた。
「……開いた」
扉を開け部屋に入ると広く円状の薄暗い空間が広がっており、天井の円窓から光が差し込んでいる。その光の元にはだいぶ風化が進んでいるが、錆びた指輪をはめ、頭蓋骨を抱く少女の石像が鎮座していた。
「……私、この石像を知っている……?」
その石像を見つめると琥珀の瞳から自然と涙が流れた。
「誰かそこに居るのか」
突然した人の声に琥珀は驚く。
「ご、ごめんなさい、あ、あれ私迷っちゃたのかな?」
薄暗い奥から白衣を着た男が姿を現した。だが胸から上に影が落ち顔は見えない。
「ごめんなさい、すぐに帰ります!」
「……君は課外学習で来た生徒か?」
「え、は、はい」
「……何故泣いているんだ?」
「え? あれ? なんで?」
琥珀が頬に手を当てると、流れる涙に気が付き自分でも不思議に思った。
戸惑う彼女に対しその男は石像の事を語り出す。
「この石像はとても不思議な物で、いつどこで誰が作ったのかも分からない。おまけに世界中のどの石材とも一致しない。この石像は作られたんじゃなく、成ったと思うんだ……この石像をもっと知りたいんだ」
それを黙って聞いていたコハクも自分自身の気持ちを述べた。
「私、この石像の事ずっと遠い昔から知っているような気がするんです……懐かしい様な……悲しい様な、けど、どこか幸せの様で……」
「…君は」
石像を複雑な表情で見つめる琥珀に男が話しかけようとした時
「琥珀」
二人の後ろからその声はした。
琥珀が振り返ると同じ学校の男子生徒の少年が立っていた。
「わ、私行きます」
そう言うと琥珀は少年の元へ急ぎ足で行ってしまい、白衣を着た男はその後ろ姿をただ見つめるしかなかった。
二人は順路まで戻ってくると茜と土井の待つ場所まで歩いていく。
「いや~面目無い、なんか不思議な感覚に襲われちゃって」
「茜も土井も心配してたぞ」
「うう、また怒られそう…それにしても違うクラスなのに探してくれるなんてね~」
「いつもの事だろ」
「さすが私の彼氏」
「茶化すなって」
「ふふ、ところで大学はどこ行くか決めた?」
「都内で医学部のある大学を目指すよ」
「そっか、来年一緒に受験がんばろうね!」
「ああ」
琥珀は隣を歩くその少年に幸せに満ちた笑顔を向け言った。
「これからもずっと宜しくね」
そんな琥珀を見て優しく微笑みかける少年の瞳は、美しい翡翠色をしている。
ヒスイとコハク 九十九 少年 @999boooy
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます