ヒスイとコハク
九十九 少年
第1話 変わらぬ日常
貴方が私の為にしてくれた事絶対に忘れない
貴方が私の為に生きる事
私が貴方の為に生きる意味
ありがとう、これからも宜しくね
……
深い森の辺境、外の世界との交流が完全に遮断された村、ソダライト。
村人達が深く眠っている深夜、小さな火が灯っている家があった。ベットが一つ、向かいに様々な道具が置かれた作業台と、多く引き手がある収納棚、置かれた蝋燭の火がぼんやりと部屋全体を照らし出している。ゴリゴリと小さく音が鳴り、蝋燭の小さな火を頼りに作業台で木ノ実や薬草を薬研で細かく刻む少年の姿があった。
目の上まで伸びたクセのある黒髪の少年。
名はヒスイと言う。
薬の調合を生業としている彼は風邪薬を調合してい真っ最中だ。収納棚の多数の引き出しの中には調合に必要な薬草や木ノ実が分けて入っていた。必要な薬草を取り出そうと取手を引くと量が足りない事に気が付く。
直ぐ様、山へ向う為の身支度を始め、マントを羽織り、籠を背負い、腰にはナイフを備えた。
外に出ると夜明けが近く、薄明るく霞みがかっている村の中を通り山の方へ向かった。薬草の在り処は村からはさほど離れてはいないが、誰も通る事がない険しい獣道を行くしかない。時間は掛かるが彼にとっては通い慣れた道であって、意識せずともその足に導かれた。それでも道中、野生の獣などの気配には敏感になるようだ。見慣れた場所に到着すると、慣れた手際で必要な分だけの薬草、木ノ実を採取していき目的を果たすと来た道を戻っていく。
薄暗かった森は段々と朝日を纏い、色彩を豊かにする。
村に戻る頃には、すでに太陽は昇っており、人々が畑や田に降りて作業をしていた。畑仕事をする村人を横にヒスイは挨拶はおろか見抜きもせずに、すたすたと歩き家に向かうが、そんな姿を見ながら村人は囁く。
「ほんと無愛想ね、挨拶くらいはしてもいいんじゃない?」
「やめておけよ。混血なんだろ?」
「まあまあ、それでもあいつの薬には本当に助かっているじゃないか」
人とは接しなく、村の中では浮いた存在で村人も進んで接する事はなかった。それでも村唯一の薬剤師であるので村人は彼の薬を頼りにし、対してヒスイは薬を取りに来る村人には嫌な態度は取らなかった。
「…スイ! おーい! ヒースイー! ヒスイー!」
数十メートル離れた段々畑から少女が手を振りヒスイの名を呼ぶ。段々畑を颯爽と駆け降りヒスイの元へと向かってきた。
「おはよう、ヒスイ。また山へ行ってたの?」
「薬草がなくなってたから」
「そっか、でも気を付けてよね、熊にでも襲われたら一貫の終わりだよ」
「ああ」
「それにしてもヒスイの薬はすごいよね!風邪も擦り傷も、あっという間に治っちゃうんだから。村の皆もヒスイの薬無しじゃ生活出来ないよ」
少女の名はコハク。
ヒスイとは幼い頃からソダライト村で育った同じ17歳の少女で、栗色の髪が肩まで伸びている。活発で明るい性格から村中で愛され、村人がヒスイとの交流を避ける中、コハクだけはヒスイを気に掛ける存在だった。
「これ、うちの畑で採れたの。持ってて、新鮮だよ」
「ありがとう」
背負っていた籠から野菜を取り出し胸の前に差し出されると、ヒスイはそれらを受け取った。それと同時に、「ぎゃ!」という短い悲鳴が上がる。二人のすぐ横で駆けっこをしていた男の子が転んで膝を擦りむいてしまったようだ。男の子はすぐに立ち上がろうとしたが、自分の膝から思ったより多く出血しているのを見て泣きそうになっていた。
「あ~、やっちゃったか~」
コハクは男の子の元に駆け寄ろうとしたが先にヒスイが男の子の元にいた。渡した野菜はすでに彼の背負う籠に入っており、先程彼のいた場所に置かれていた。
ヒスイは男の子の前で片膝をつき、何も言わずに腰にかけた水筒の水で患部を洗い流し、薬草を巻きつけていると男の子も泣くのを忘れ、治療される自分の膝を見つめていた。
しばらくすると母親らしき村人が慌てて駆け寄って来て、ヒスイに頭を下げた。母親に付き添われる帰り際、男の子は小さな声で「ありがとう」と行って去って行った。その一部始終をコハクは何も言わず、微笑んで見ていた。
「やっぱりヒスイは優しいね、皆の事ちゃんと見てくれてる」
「……」
「照れちゃって~」
ヒスイは置いていた籠を再び背負い歩き出した。
「あ、待ってよ、私も帰るから」
「畑仕事はもういいのか?」
「もう終わったよ」
家は同じ方向にあり、ヒスイの隣にコハクも歩き出す。そんな彼女に対して速くもなく、遅くもない速さで歩いた。
「最近は何してるの? やっぱり薬の調合とか?」
「そうだな」
「すごいね、その内どんな病気も治しちゃうんじゃないかな?」
「……そっちは?」
「今、収穫の時期だから大変で、朝も早くて。おかげで手がボロボロだよ」
「……今度、手荒れの塗り薬を持っていくよ」
「ホントに? やった! ありがと!」
帰り道、コハクから一方的ではあったが会話は途切れる事はなく続いた。最近誰と誰が恋仲になっただとか、何を食べて美味しかっただとか。今度川に遊びに行く誘いをしたがヒスイは断った。
「あ、気が付いたら、もうここまで着いちゃったのね。それじゃーね、川遊びは気が変わったらいつでも来てよ」
「気は変わらない」
「ははは、分かった、分かった」
二人はそれぞれの家路に向かおうと歩き出したその時であった。
「おい、待てよ」
後ろからその声がし、二人が揃って振り返ると一人の少年が立っていた。
「あれ? ゾイ、どうしたの?」
それは村人のゾイという少年だった。コハクとは良く遊びに行く中の一人で、ガキ大将のような存在だ。そしてズンズンと向かって来てヒスイの前で止まる。ゾイはヒスイを睨み付けていたが、一方のヒスイは冷静な顔つきだ。ヒスイの方がゾイより身長がある為に見下ろすような状況になっている中、ゾイはヒスイに言った。
「お前さ、何なんだよ?いつもスカしやがってよ」
「……」
「コハクに近づくなよ、こいつまで村から変な目で見られるんだよ」
「ちょっと、ゾイやめて」
「お前の父親って外の人間らしいな?それって禁忌だろ。それがバレたからって、お前の母親は追放されたんだろ?」
「何言ってんの! やめてよ!」
「混血は汚れた存在で災いを持たらすんだ。それにこいつはこいつで根暗だし、普段から何考えてるか分からないから村中気味悪がってるんだよ」
「いい加減にしてよ! そんな昔の言い伝えなんか持ち出さないで!」
いつの間にか、コハクとゾイが言い争いを始めてしまったがヒスイは何も言わず黙っていた。
「ヒスイはヒスイでしょ? それにヒスイが何か迷惑をかけた事あるの?」
「お前、こいつと幼馴染だからって肩持ちすぎじゃね?」
「そんなの関係ない!私は私からヒスイに関わりたいと思ってるだけ!」
「結局、幼馴染の関係から同情してるんだろ?」
「だから違うって!」
「何、特別な感情でもあるわけ?」
「何でそういう話になるの!」
二人の話が熱を増して行くと、ヒスイは遂に口を開いた。
「解った。気を付ける」
そう言うと歩いて行ってしまった。
「あっ……」
コハクはかける言葉が無く、ヒスイの他を近づけさせない後ろ姿を見つめるだけで、追いかける事が出来なかった。
「なあ、もうあいつに関わるなよ」
それを聞いたコハクは睨みつけ言った。
「私、ゾイがヒスイに謝るまで話さないから」
コハクは走って行ってしまい、残されたゾイは立ち尽くした。
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