恋と愛、だけでなく
「手伝いの件、私が勝手に同意したのに付き合ってくれてありがとうございます」
帰り道、手を繋いだ吉乃がそう口にした。少し眉尻を下げてはいたものの、口元と目元からは彼女の嬉しい感情が伝わってくる。
「むしろこっちこそだな。予定作ってくれたのはありがたい。こういう形で参加するもありだと思うし」
「そう言ってもらえると助かります」
ふふっと笑って握った手にきゅっと力を込めた吉乃。こちらも同じように少しだけ握り返し、「吉乃さんと二人でならなおさらな」と付け加えると、握り合ったままで手をつねられた。流石の器用さである。
「もう」と口を尖らせて怒ったような表情を作ってみせている吉乃だったが、これが彼女の照れ隠しであることは、いつも通り響樹にはお見通しだ。吉乃自身も隠しているつもりは無いはずだが、恐らく響樹以外にはわかりづらいだろう。それが嬉しい。
「嬉しそうですけど、もっと強くつねった方がいいですか?」
口もとを押さえてくすりと笑い、吉乃が可愛らしく首を傾げる。
「そういうので喜ぶ彼氏でいいのか?」
「……響樹君がお望みであれば、努力はしてみようと思います」
「真面目に答えるなよ。まったく」
「すみません」
そう言ってもう一度くすりと笑った吉乃だが、多分本気だというのは伝わった。冗談で口にしたことなのだろうが、頼めば恐らくやってくれるだろう。もちろん頼まないが。
響樹が好きなのは吉乃の愛情表現としての行為であって、行為そのものではないのだから。と、これを伝えたらまたつねられそうなのでやめておく。
「まあでも、手伝いってもっと雑用みたいなことかと思ってたから意外だったな」
「そうですね。事前の説明会に参加すればあとは当日だけですから、思っていたよりも仕事量は多くありませんでした」
会場設営や資料作りなどの手伝いかと思っていたが、そういったことは生徒会のみで人手が足りるとのことだった。
響樹と吉乃が頼まれたのは当日の仕事。大雑把に言ってしまえば、オープンスクールに来た中学生のお相手である。
「詳しいことは説明会でって言われたけど、どんな感じかわからないから緊張するな。こんなことなら中学の時にオープンスクール参加しとくんだったな」
「そうですね。私も不参加でしたから、雰囲気がわからないのは確かに不安です」
軽口を叩いた響樹に少し困った笑顔で同意した吉乃だったが、そこから少し歩いた所で優しい微笑みとともに口を開く。
「ですが、日下先生にはお世話になったので、恥をかかせてしまわないように頑張ろうと思います」
「そうなのか?」
「ええ。あの図書室の奥、司書の方に許可を取ってくださったのが日下先生なんですよ」
「そうだったのか。じゃあ俺の恩人でもある訳だな。人選間違ったと思われないようにしないとだな」
「ええ」
嬉しそうに微笑む吉乃に頷き、響樹は学校について少し考えを巡らせる。
学校からしてみればオープンスクールは生徒確保の手段だろう。だから別に、そのために尽力しようという気は無かった。
ただ、吉乃が日下教諭に恩があるように、響樹にだって個人単位で世話になった人はいる。それに、吉乃はもちろん、海のような良い友人とめぐり合わせてくれたのも学校のおかげと言えなくもない、かもしれない。
響樹が吉乃に抱くのはもちろん恋愛感情や愛情だが、彼女が響樹に与えてくれるのは恋や愛だけではない。
「任された以上は、頑張らないとな」
「はい。中学生たちの将来にとっても大事な選択になるかもしれませんし、微力ながら手は抜けませんね」
「……そうだな」
頷いて立ち止まると、吉乃が合わせて歩を止め、不思議そうに首を傾げて濡羽色の髪を揺らした。
そんな吉乃に向き直り、繋いでいない方の手で彼女の髪を撫でた。
「……どうしたんですか、急に?」
少しの困惑とそれ以上の喜色が、はじらいで色付いた頬の上に現れた。
「やっぱり俺は、吉乃さんのこと尊敬してるなって再確認」
「もう。仕方ありませんね」
まったく「仕方ありませんね」という表情をしていない吉乃は、そのまましばらく響樹にされるがままでいた。
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