お手伝いの依頼
「そう言えば、文化祭のチケット、お父さんに渡すのか?」
昨今の流れと言うべきか、大した規模ではない響樹たちの高校の文化祭でも、外部の人間を招く場合は生徒や教職員からチケットを受け取る必要がある。
例外となるのはOB・OG、オープンスクールの対象者である中学生以下の者──と、その保護者一名──のみである。
「いえ」
尋ねてみたところ、吉乃は僅かだけ眉尻を下げて小さく首を振った。
「予定が空いているかわかりませんし、それに…………」
予定くらい聞けば。という簡単な話ではないのは、吉乃の表情を見ればわかる。整いに整った横顔には僅かな憂いが窺える。
響樹も前を向いたまま言葉をかけずに彼女の手を取ると、少しして吉乃がそっと握り返し、こちらの方に頭を預けた。
そのまま一分ほど静かな時間が続いた後、となりの恋人が小さく、優しい笑い声を響樹に届けてくれる。
「それに、私が何か出し物をする訳ではありませんから、呼んでも見てもらうものがありませんよ」
「確かにな」
「響樹君だってそうでしょう?」
そんなやり取りをしてから顔を見合わせると、吉乃がくすりと笑って少しだけ首を倒した。
「いや。そもそも呼ぶつもりが最初から無かった」
「……あ。ご両親は海外でしたね」
どの口で私に尋ねたんですか、とでも言いたげに胡乱な視線を送って来ていた吉乃だったが、天羽家の事情に思い至り眉尻を下げた。
「そういうこと」
仮に両親が日本にいたとしても呼ぶつもりが無かったのは内緒のまま、響樹は大きく頷いてみせる。
「そういうことにしておいてあげます」
「……流石」
お見通しだったらしい吉乃の髪に触れて梳くと、彼女は自慢げな表情を見せた後で響樹の胸に頭を預けた。
◇
「あ、いたいた。良かった良かった」
翌日、吉乃と放課後の図書室奥で過ごしていると、見たことのある──名前は失念した──女性教諭がやって来た。その声を聞いて手を止めて参考書を閉じた吉乃が言うところによると、「
「烏丸さんにお願いがあったんだけど、天羽君もいるならなおラッキーだったかな」
「烏丸さんだけじゃなくて僕も、ですか?」
響樹は元より、面識があるらしい吉乃も自分に用事だと思っていたようで、ほんの少しだけ目を見開いていた。
「そうそう。烏丸さんは言わずもがなだけど、天羽君も理系のトップだし、適任適任」
まだ試験結果が出ていないので理系のトップかは確定していないのだが、見えてこない話の続きのためにその辺りは触れずにおく。
「率直に言うと、オープンスクールのお手伝い、お願いしたいんだけど。どうかな?」
「オープンスクールの……」
「手伝い?」
視線を合わせた吉乃の言葉を継ぐように尋ねると、日下教諭は「そうそう!」と言ってぱんっと手を合わせ──図書室なことを思い出してか周囲を見渡し、ここが奥地であることを再確認したようだ。
「こほん」とわざとらしく咳払いをするふりをした日下教諭の言うところによると、若手である彼女がオープンスクールの雑用を任されたそうだ。今時年功序列がーと文句を言っていたが、それは聞かなかったことにしようと、苦笑の吉乃と目配せしておいた。
「私を助けると思って。内申もちょっとは良くなる……は二人には必要無いか、な?」
「お話はわかりました。お手伝いするとして、私は何をすればいいんでしょう?」
そう日下教諭に尋ねながら、吉乃が響樹にちらりと視線を送ってくる。吉乃としては教諭からの依頼を受けるつもりのようで、申し訳なさそうにしながら。
響樹は努めて優しい表情を作って首を振る。
「俺たちも文化祭見て回りたいんで、拘束時間が長かったり重労働だったりはちょっと勘弁してほしいんですけど」
日下教諭というよりは吉乃に向けてその言葉を発すると、意図を察してくれたのか彼女の表情が緩んだ。
(こういうのも悪くはないだろうしな)
昨日話した二人で一緒に何かを、とは少し違うにせよ、そう思った。そして──
「あ、それなら大丈夫。雑用とかじゃないから」
日下教諭の説明を受け、響樹はもう一つ悪くないことを考えついた。
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