楽しい話はいくらでも
響樹たちの高校では、体育大会、一学期中間試験、文化祭の三つがおよそ一ヶ月の間に行われる。中間試験から半月と少しで文化祭がやって来るため、その準備は中々に忙しい。しかし──
「文化部は忙しいみたいだな」
「遅くまで残っている人も多いそうですよ」
「大変だな」
中間試験終了後、響樹も吉乃も試験勉強に根を詰めた訳ではないが、二人でソファーに座ってゆっくりと過ごしている。文化祭に対して他人事のような気分でいるのは、実際に割と他人事だからだ。
学業最優先の学校ということもあり、文化祭の出展や出店は基本的に文化部のみ。有志参加は可能だがクラスごとの強制参加は無い。クラスとして何かをした前例は創立以来片手の指で足りるそうだ。
「大変そうですけど、でも、楽しそうですよ」
「確かにな」
ふふっと笑いながら目を細める吉乃に対し、響樹も首を縦に振る。
忙しいと口にするクラスメイトたちは確かに大変そうなのだが、嫌そうな顔をしていた者は一人もいなかった。
「吉乃さんはああいう雰囲気好きだもんな」
「ええ。と言っても、流石に今から部活を始める気にはなりませんけど」
少し眉尻を下げてそう言ってから、吉乃が少し口の端を上げる。「響樹君が寂しがってしまうので」と、彼女の綺麗な唇を通った言葉はほぼ想像通りだった。
「恋人が優しくて嬉しい限りだよ」
「そうでしょう?」
響樹は、吉乃が楽しければ一緒にいられる時間が減っても良い──良くはないが──と何度も伝えている。
だから吉乃の発言が冗談だとわかって冗談めかして返せるし、彼女の方もそれをわかってくすりと笑い、響樹の肩に頭を預けた。
「何か打ち込みたいことがある訳でもないのに、単にお祭り気分を味わいたくて部活動をするのも筋違いですしね。客の立場から楽しませてもらおうと思います」
「そうだな。去年は大して見て回らなかったけど、今年は楽しめそうだよ」
隣に吉乃がいることはもちろん大きな理由だが、こういったことを楽しもうと思えるようになったのも、やはり彼女のおかげなのだ。活動範囲が大きく広がった訳ではないが、響樹の世界は広くなった。明るくなった。
「私も同じです。今年も来年も、きっと素敵な思い出になります」
「何よりだな、お互いに」
そう言って吉乃の髪を梳くと、彼女が「ええ」とまぶたを落とす。
吉乃の希望にこたえてから顔を離すと、もう一度と言わんばかりに彼女が響樹に体ごと預けてくる。試験期間中は暗黙の了解であまりふれ合わずにいた反動だろうか。
「……大学入ったら、一緒に何か始めてみるか?」
「……気が早いですね」
恋人と自分自身の要望にこたえ続けた後で息を落ち着けながら尋ねると、腕の中で強く抱いた吉乃が呆れたような口調でそう言いながら、満面の笑みを浮かべた。
「先のことでも、楽しいこと話すのは好きだろ?」
「ええ。特に響樹君と一緒のことは」
「俺もだよ」
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