悩ましくも幸せな二択

「そう言えば二人は夏期講座受けないんだったよね?」


 二度目の休憩中、テーブルの上でパーティー開きになった袋から菓子を摘まんだ優月が、思い出したようにそう口にした。

 こちらの返答を待たずに開いた口に菓子を運んだ優月に苦笑しながら、海がその話を引き継ぐ。


「因みに俺と優月はちょいちょい取るつもり。暑い中学校まで行くのはちょっとめんどいけど、せっかくだしな」

「そ。だから旅行の話なんだけど、夏期講座が本格化する前、夏休み入ってすぐでもいいかな?」


 響樹も吉乃もお盆意外であればいつでもいいと伝えてあったので構わない。そう思って隣の吉乃を窺うと、彼女の方も微笑みを浮かべて小さく頷いた。


「オッケーって感じだね」

「じゃあ七月中で宿押さえられる日って感じでいいか? 一応一泊二日くらいで考えてるけど」

「ああ。こっちも大体そのくらいの日程だろうなって思ってたから、それでいいよ」


 吉乃とアイコンタクトを済ませて海に返答すると、何故か二人に苦笑された。


「一応県外に行こうかなって思ってるんだけど、あんまり遠いと遊ぶ時間無くなっちゃうし、朝ちょっと早めに出て遅くても昼前には着けるくらいの距離にしようかなって。いい?」

「ええ。むしろ何から何までお任せしてすみません」


 今度は吉乃から響樹へのアイコンタクト。またも苦笑される。


「こっちが誘ったんだし気にしないでって。細かいことは海に任せてるし、私の労力ほぼゼロだし」

「それを聞くと余計に気にしてしまいますよ」


 口元を押さえてくすりと笑った吉乃に、優月は「いいのいいの」とけらけらと笑い返す。


「ありがとうございます。島原君」

「ほんとに気にしなくていいって。俺が言い出しっぺだしな」


 綺麗な会釈を見せた吉乃に、海は少し焦ったように顔の前で手を振って首も振る。


「そうだな。海の提案から始まったことだし、宿の手配なんかも海がした──」

「そうだ響樹! お前はうみと山どっちがいい?」


 優月に「海うるさい」と膝を軽く叩かれた海が、余計なことを言うなと言いたげな視線を響樹に送る。

 ふっと笑って返すと、その様子を見ていた吉乃が不思議そうに首を傾げた。流石に事情を話す訳にはいかないので、「何でも」と肩を竦める。


「吉乃さんはどっちがいい?」

「そうですね。どちらでも、と言いたいところですけど」


 そこで言葉を切った吉乃が、口元で描いた優しい弧を響樹に見せる。


「少し考えさせてください」

「おっけー」


 以前の吉乃であれば本当にどちらでもで済ませていたのだろう。考えさせてくださいと言った彼女の横顔は少し悩ましげで、とても輝いて見える。ほんの少し寄せた眉根に反して笑んだままの口元と目元から、それが伝わってくる。

 そんな吉乃から視線を外せずにいると、「響樹も考えろよ」とテーブルの下で海に蹴られた。先ほどの仕返しもあるのだろうが、狭いのに中々器用だ。


「じゃあ山のプレゼンするな」

「あ、ズルい」

「お前もこの後でうみのプレゼンすればいいだろ」


 海が山派で優月がうみ派なのだろう。字面を想像すると中々にややこしい組み合わせだと思ってしまう。


「山に行く場合はコテージ借りるぞ。道具借りられるから庭でバーベキューもできる」

うみに行くとうみの幸が食べ放題だよ」

「放題じゃないだろ」


 結局プレゼンの順番は無いに等しい結果となったが、二人の言い合いが結果的にプレゼンの役割を果たしてくれたように思う。

 吉乃は口元を押さえて笑いながらそれを聞いており、ひと段落着いたところでニコリと笑って頷いた。考えがきまったのだろう。


(吉乃さんに合わせて……ってのは良くないな)


 吉乃がしっかりと悩んで楽しんで決めたのだから、違う希望になろうと響樹もそうすべきだ。まあ、全然決まらないのだが。


「吉乃は決まったみたいだし、後は天羽君ね」

「早く山って言えよ」

うみでしょ? うみなら吉乃の水着姿見られるよ」

「お前っ。それはズルいぞ。キラーワードだろ」


 それで動くと思われるのは癪だが、確かに見たい。

 ちらりと隣を窺うと、吉乃は穏やかな笑みを浮かべてじっと響樹を見ていた。感情を隠しながら少しだけ怒っているように見せてはいるが、恥ずかしがっているだけなのはわかる。


「……決まったよ」

「おい響樹考え直せ。な? 友達だろ?」

「はいダメー。因みに同数の場合は私と海のじゃんけんで決まるから、じゃあ二人でせーの」


 吉乃がどちらを選んだかわからないのに、響樹の選択だけで何故か勝ち負けを確信してしまっている二人の前で、響樹と吉乃は顔を見合わせて同じタイミングで口を開いた。


「山」

「山に行きたいです」


 その言葉を受けて向かいの二人が騒ぎ出す。「なんでー」「よし!」といった声を少し遠くで聞きながら、綻んだ顔の吉乃と見つめ合う。


「水着はいいんですか?」

「ああ」


 小悪魔の顔を近付けて首を傾げる吉乃に、頷いてみせる。


「それが山にする決め手だったんだよ」

「どういうことですか?」


 まだ騒がしいテーブルの向こうに聞かれないよう、響樹は吉乃の耳に口を寄せた。


「見たいけど、他の奴に見せたくなかった」

「……もう」


 それだけ言って顔を背け、「洗面をお借りします」と吉乃は素早く去って行った。

 向かいの二人から顔を隠したせいで、響樹に対しては朱に染まった顔を隠せてはいなかった。

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