無言の一時間、のち幸福補充

 海たちとの勉強会は土曜の半日授業が終わった後と決まり、その当日。海と優月は部屋代と称して菓子類と飲み物を大量に買ってきた。


「こんなに食い切れないだろ」

「余ったら日持ちしそうなのは保管して適当に食ってくれればいいよ」

「そういうことならありがたく貰うけど」


 吉乃が遊びに来た時に少しずつ食べようかと思って彼女を窺うと、当の本人は整いに整った顔を輝かせていた。

 響樹の視線を受けてはっとした吉乃は、「お菓子が嬉しいのではなく、勉強会の雰囲気が楽しいんです」と唇を尖らせていたが、実際これに嘘は無いのだろう。

 響樹同様に先日のおうちデートの記憶が蘇ったこともわかったが、言及すると二人して友人カップルに見せられない顔をしそうだったので黙って置いた。


 その後昼食を食べ終えてしばらく休憩を挟み、発案者の「そろそろ始めようか」の声で勉強会開始。

 響樹と海が元からあったテーブルに、吉乃と優月が新しく買った物にそれぞれ分かれ、各々が思い思いの勉強を始め──予定していた一時間後の休憩まで、誰も一言も発さなかった。


「響樹、やっぱこれ必要無かったろって思ってるだろ」

「残念ながら思ってない」


 勉強として正しい姿かはわからないが、親しい友人たちと試験前の勉強会という経験は悪くないと思っている。一年の時には海と二人でしていたものとはまた違い、学校を離れた場でテーブルを囲んでとなると不思議な楽しさがある。たとえ四人が個別に勉強していただけだろうと。


「ほんとかぁ?」

「こういう時は吉乃に聞けばオッケーでしょ」


 からかうような調子で疑ってくる海だが、その隣の優月が愉快そうに吉乃を水を向ける。


「私ですか?」

「そ。天羽君がどう思ってるか」


 問われた吉乃はその理由を理解してか眉尻を下げてくすりと笑い、じっと隣の響樹を見つめる。そんなことをしなくてもわかるだろうに、随分と楽しそうだ。

「目を逸らさないでください」と言われてしまい吉乃と見つめ合うしかない響樹を見て、向かいの二人はしてやったりと言わんばかりに笑っている。吉乃も吉乃で、それに気付いていながらはにかみを浮かべつつ、響樹をしばらく見つめていた。


「楽しいと言っていますよ」

「だって」

「じゃあ信じるか」


 優月経由でニコリと笑った吉乃の発言を受けた海が肩を竦める。まず俺を信じてくれないかと言いたいところなのだが、海なりの話題提供のつもりだろう。


「まあでも、まさか誰も喋んないのはちょっと予想外だったけどね。海あたりが何か言い出すかなと思ってたんだけど」

「文理の圧倒的トップの邪魔なんてできるか。ってのもあるけど、いい刺激貰えたから普通に集中してた」

「あ、それわかる」

「だろ?」


 海と優月が我が意を得たりと顔を見合わせたのを見て、響樹と吉乃も同じように顔を見合わせた。

 目を細めて口元で優しい弧を描いた吉乃を見れば一目瞭然だが、彼女の方も向かいの二人と同じ、そして響樹と同じ感想を抱いたようだ。

 勉強会を始める前の響樹が実利的な面であまり期待していなかったのは確かだ。しかし普段は一人もしくは吉乃と二人で勉強をしている響樹にとって、海と優月の存在が新しい刺激になって中々良い気分で勉強に集中できもした。それに──


「楽しそうだな」

「ええ」


 先ほど顔を見合わせる前の勉強中から、吉乃がずっと楽しそうにしていたのは知っている。表情は普段通り真剣だったが、少し心の踊る様子は見ていればわかった。

 二人で勉強している時とはまた違った様子で、響樹だけでは与えられない楽しさだ。そう考えると、余計にこの会には感謝したくなる。


(とは言え)


 テーブルの陰でこっそり手を伸ばすと、予想よりも早い地点でやわらかな目標と接触した。驚いて顔を向けると、吉乃も同じようだったのか一瞬目を丸くし、嬉しそうに頬を緩めた。

 二人きりの時間を少し補充させてもらおうと、全く同じことを考えたらしい。互いに正面に顔を戻した後、吉乃はふふっと小さく、優しく笑った。

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