選択の理由

 吉乃が購入したベストは黒とグレーの二種類。どちらも普段彼女が身に着ける物に近い色合いだったので、響樹にとってはしっくりとくるものだった。しかし新鮮さが無い訳ではなく、初めて強く意識した夏模様の吉乃と合わさると、既知と未知両面で美しさと可愛らしさが同居していた。

 そして最後の一着はカーディガンとのことだ。「着替えてきます」と自室に入った吉乃が戻って来るのには、ベスト着用時よりも倍ほど時間がかかった。その理由は、すぐに知れた。


「……お待たせしました」


 先ほどのベストの時にも吉乃は少し恥じらいを見せていた。ただ、今はその比ではない。


「そういうのもいいな」


 今回の吉乃は未知の片面。スカートの半分以上を覆うオーバーサイズのカーディガンは、彼女が纏ったところを見たことの無いピンク色。落ち着かないのは色合いのせいなのかサイズのせいなのか、たいぶ余った袖から覗く指先が所在無さげだ。朱を注いだ頬に下がった眉尻。申し訳ないことに可愛らしい。


「本当ですか?」

「本当に可愛いよ。俺が吉乃さんに嘘つくと思うか?」

「……いいえ」


 儚げに微笑み、吉乃が小さく首を振る。


「だから、わかるんですよ」

「言っとくけど、似合わないと思ってる訳じゃないからな」


 そう。似合わないなどとは思わない。吉乃という抜群の素材のおかげで、何を纏っても様になるのだ。ただそれでも、誰よりも彼女を見てきた響樹からすれば、その『様になる』の中でも順位付けが出来てしまう。

 先に見せてもらった二着と比べると、そちらの方が似合っていた。露骨な顔をしたつもりは無いし、口に出した「可愛い」の言葉も嘘ではないのだが、やはり吉乃にはわかってしまうようだ。


「せっかくだし一回転してくれよ」

「前の二着ではその要求はありませんでしたよね?」


 一歩近付いた響樹に胡乱げな視線を向け、吉乃が口を尖らせる。


「響樹君は嗜虐的なところがありますよね。恥ずかしがっている私を見るのが好きですし」

「可愛いのが悪い。あと、男は大体好きな相手にはいじわるしたくなるらしい」

「多くの場合は逆効果ですよ?」

「俺たちの場合は?」


 いたずらっぽく笑って首を傾げる吉乃に尋ね返すと、彼女は「もう」と呆れたような顔を作ってみせた。


「一度だけですからね」

「目に焼き付ける」

「もう」


 スカートの裾を気にしながら――そういう仕草がより一層、であることはしばらく黙っておくつもりだ――吉乃がブレることなく綺麗に一回転を見せる。端整な顔には先ほどまでよりも熱が集まっているのだが、どこか自慢げな表情が浮かべられていた。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 ニコリと応じる吉乃の手を取りそのままソファーへと。


「着替えをしたいんですけど」

「いいだろ?」

「やっぱりいじわるですね」


 抵抗をせずに腰を下ろした吉乃がそう言ってくすりと笑い、手を握ったまま響樹の肩に頭を預ける。


「今日を逃すと着てくれないかもしれないからな。本命は黒だろ?」

「……よく、わかりましたね」

「そりゃわかるよ」


 顔を起こして目をぱちくりとさせる吉乃だが、響樹からすればむしろわかって当然の話だ。


「私が黒を好んでいるからですか?」


 もちろんそれもある。ただ――


「黒いの着てる時の吉乃さんが一番楽しそうだった。グレーと微差だったけど、好きなのはこっちだろうなって」

「そこがバレてしまうと、響樹君の好みを聞けなくなってしまいますね」


 目元で残念そうなふりをしてみせるものの、口元と声の弾み具合が吉乃の心の中を如実に示している。


「そうだな。でも、俺にも確かに好みの傾向とかはあるんだろうけど、そんなものよりも吉乃さんが着てて幸せなことの方が大事だろ」

「ありがとうございます。響樹君らしいですね」


 目を細めて微笑んでから、「でも」と吉乃はわざとらしく唇を尖らせ、すっと顔を近付ける。


「彼氏のしてほしい格好をしたいという考えだってあるんですよ?」

「……それは考えが至らなかったな」

「本当ですよ」


 食べたい物を言ってくれないと指摘されて以降は、要求があればしている。ただ、ファッションとなると――


「吉乃さんのする格好って、大体好きなんだよ。だからやっぱ、その中で吉乃さんが好みの格好してくれるのが一番かな。俺はそれが一番嬉しいから」

「……嘘をついていないのがわかるからこそ、一層タチが悪いということもあるんですね」

「あとはそうだな、俺がしてほしい格好よりも、吉乃さんが俺を喜ばそうと選んでくれた格好の方が嬉しい。今日みたいにな」

「……ばか」


 響樹の視界がやわらかなもので塞がれた。


「出来れば俺だけに見せてくれるともっとうれ――」


 次いで唇も。

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