フェアでずるい
「今日は酷い目に遭わされた」
優月から「連休中独占したんだから」と言われて吉乃の放課後を譲った響樹――響樹は響樹で海と出掛けた――は、夕食後の時間で彼女の部屋を訪れ、ソファーに座って出してもらったお茶を頂いてからそう零した。
「すみません」
優しく笑いながらそう言って隣に腰を下ろした吉乃は、少しだけ眉尻を下げながらも嬉しそうにしている。
「まったく」
憤慨しているフリをして見せたが、当然吉乃はお見通し。口元を押さえてくすりと笑い、「それでは」と随分と弾んだ声が返してくる。
「お許しを貰うために、お詫びをしないといけませんね」
「内容次第だな」
「可能な限りご希望に沿いますよ。私にしてほしいことはありますか?」
「そうだな……」
楽しそうな吉乃に同調したはいいものの、改めて考えると思い浮かばない。望んだことは大体しているし、してもらっているのだから。とは言え、せっかく吉乃が提案してくれたのだし、向けられた期待の眼差しには応えたいところだ。
さてどうしたものかと思い、しばらくじっと見つめていると、吉乃が少し恥ずかしそうにほんの僅かだけ身をよじった。これだと思った。
「じゃあ膝枕で」
「はい。それではどうぞ」
笑顔でこくりと頷いてから制服のスカートを軽く整え、響樹を迎え入れるべく手を伸ばした吉乃を、「いや」と制す。
可愛らしく首を傾げた吉乃に「こっちだ」と自身の腿を指差すと、「え」と大きな目を丸くした彼女が驚きを示し、次いでやはり恥じらいを見せる。
「ええと、私がするんではなくて、ですか?」
「それだと何回かしてもらってるだろ? せっかくだし、今までしてないことにしようと思ってさ」
「……わかりました。私が言い出したことですしね」
頬を染めて苦笑を浮かべる吉乃だが、嫌がっている様子は無い。ただただ恥ずかしいといった風だ。
「よし。じゃあ、ほら」
「もう……どうしてそんなに嬉しそうなんですか」
恨めしげな視線を向けてため息をついてみせるものの、迎え入れる響樹の手に素直に肩を預け、吉乃はゆっくりと体を倒す。
「……重く、ありませんか?」
「これで重かったら俺は二度と膝枕してもらえないな」
「……そうですか」
先ほどまでより色付きの濃い頬をした吉乃の髪をそっと撫でると、彼女は響樹からふいっと視線を外す。
「体勢、もっと楽にしていいよ。ブランケットもあるし、ソファーに足乗せてさ」
「……ありがとうございます」
ソファー横に常備されているブランケットを腰から下に掛けると、吉乃はやはりまた恥ずかしそうに足を伸ばす。
「こんなことがお詫びになるんでしょうか?」
「なるからしてもらってるんだよ」
「そうでしょうか?」
「まあな。俺がしてみたかったのもあるけど」
響樹に視線を戻した吉乃の髪を撫で、もう片方の手で吉乃と指を絡める。
「これやったら吉乃さんが恥ずかしがるだろうなって思ってさ」
それを聞いて顔を背けた吉乃が繋いだままの手にぎゅぅっと力を入れるのだが、それも彼女の恥じらいの濃さの証明な訳で、自然と笑みが零れた。
髪を撫で、梳き、そのまま頬にそっと指を這わせる。想定外だったのか、吉乃の体が少し跳ねる。
「悪い。くすぐったかったか?」
「い、いえ。大丈夫です」
「そうか」
吉乃が腿の上で小さく頭を振り、少しこそばゆい。
「でも、触り方が少しいやらしいです」
「……その言い方はやめないか?」
「どうしましょうか?」
寝返りを打つように体勢を変えた吉乃と視線が合う。朱に染まった顔には、楽しそうな笑みが浮かんでいる。
「響樹君がいじわるばかりするので、お返しです」
「しょうがないな。じゃあ俺はお返し覚悟でいじわるの続きでもするかな」
「あ、それはずるいですよ」
「フェアだろ?」
そう言いながら頬に触れるフリをして髪を撫でると、吉乃はどこか残念そうに首を傾げる。まるで触れてほしかったと言わんばかりの表情に、喉が鳴った。
「ずるいなあ」
本当に。
「後で好きなだけお返ししてくれ」
「はい。楽しみにしておきます」
満面の笑みを浮かべた彼女の赤い頬に、ゆっくりと手を伸ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます