無自覚オープン

 騒がしい朝を越えてしまえば基本的に落ち着いて過ごせた午前中が終わって昼食時、現在随分と居心地がよろしくない。海と優月に半ば強制的に招かれた一組吉乃のクラスで、自分自身に視線が突き刺さるのを如実に感じている。


「天羽君て吉乃にお弁当作ってもらってる訳じゃないんだ」


 二人の弁当箱を見比べた優月のそんな声がまた、教室中から視線を引き寄せる。ここで昼食をとるのは初めてで、隣に吉乃、向かいに海と優月がいるにもかかわらず、響樹としては敵地アウェイ感極まりない。


「稀に作ることはありますけど、普段は断られてしまっています。手間ではないと言っているんですけど」

「へえ、なんで?」

「烏丸さんの料理めっちゃ美味いだろ。しかもお前の場合は余計に特別だろうし」


 僅かなホーム部分が完全に無くなった。

 単純に疑問の表情を浮かべる二人と違い、吉乃の方は表面上外行きの笑みの範囲ではあるが、随分と楽しそうに笑っている。

 響樹としては当然毎食吉乃の作ってくれた物を食べたい訳だが、彼女に頼り切ってしまいたくはないのだ。吉乃が手間でないと言ってくれていることとは関係無しに、響樹のプライドの問題だ。


(そういう理由知ってるだろうに)


 視線でそう抗議してみても、吉乃はとぼけたように微笑んで小首を傾げるのみ。それが可愛らしいだけではなく、ほんの少しずつではあるが響樹以外にも素顔を見せ始めた彼女が愛おしく、どうにもならない。

 吉乃のクラスメイトたちからの視線も、刺々しいものではない。彼女にとってはきっと居心地の良い場所なのだろうとわかる。もちろん今の響樹にとってそうかと言うとそうではないのだが。


「朝飯作るついでに弁当用意するからな。作ってもらうとなると余らせることになる。食材買う段階である程度計算してるし」


 一人暮らしを始めた当初とは違い、今の響樹は弁当作りも習慣化させているし、吉乃にお墨付きを貰ったように買い物にもだいぶ慣れた。だからこの表向きの理由に嘘は一切無い。

 そういったこともあってか海も優月も納得の言った顔をしているが、「なるほどなあ」と呟いた海が小さく息を吐いた。


「考えることが多くて大変だな」

「ね。吉乃も天羽君も凄いよね」

「俺の場合は師匠が良かっただけだな」


 海から優月、そして響樹へと続いた視線を集めた吉乃が、「そんなことはありませんよ」と少しだけ眉尻を下げる。


「響樹君の覚えが良かっただけで、私が教えたことはほとんどありませんから」

「いやいや。むしろほとんど教えてもらったんだけど。袋詰めのやり方から献立の作り方とか、それに伴っての買い物の仕方とか……何だよ海」

「いや。楽しそうに思い出話するなって思ってさ」

「ねー」


 大袈裟に肩を竦めた海に優月が愉快そうに同意を示す。響樹としては吉乃の謙遜に対して本当のことを伝えただけでしかないというのに。

 窺ってみた吉乃は諦めてくださいと言いたげな苦笑を浮かべてはいたが、ほんの僅かだけ喜色を示している。この様子を見れば明らかで、響樹は指摘通りの状態だったのだろう。


「まあ……それだけ世話になってるってことだ」

「それは私も同じですので、お互い様ですね」

「だな」


 くすりと笑った吉乃に頷くと、表情が優しい微笑みへと変わる。


「二人はある程度オープンにすることにしたの?」

「……どういうことだ?」


 視線を合わせたままの状態でかけられた声に首を捻る。関係を隠した覚えは無いのだがと思って優月から吉乃に視線を戻すと、浮かんでいた穏やかな笑みの中には驚きの感情が見えた。吉乃の方には何か思い当たる節があったということだろうか。


「今日手を繋いできたのもそうだけど、あんま人前では表に出さなかっただろ? まあ響樹は時々駄々漏れになってたけど」

「……その日の気分だろ」


 思い当たる節と合わせてダブルパンチになった響樹はそれだけ言うのがやっと。だが――


「連休中は長時間一緒にいることが多かったですから。名残りがあるんだと思います」


 すまし顔の吉乃が友人カップルの興味を攫っていってくれた。


「えー。どんな感じで一緒にいたのか教えてよ」

「どうしましょうか?」


 ふふっと笑った吉乃から目配せがあった跡、響樹はひやひやしながらその話を聞くはめになった。いつの間にか気にならなくなっていた視線を、最初の頃よりも気にしながら。

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