未来予知
「おはようございます、響樹君」
「おはよう、吉乃さん」
「待ちましたか?」
「いや、今出てきたとこだ」
いつものやり取りに、吉乃が優しく目を細める。
そのまま並び、歩き出す前にはもう互いの指が絡んでいた。いつもより少し早く、いつもより少し近い。そして彼女の浮かべる微笑みの中に、いつもより少しだけ色濃い恥じらいが見えた気がした。
「何だか、登校するのは久しぶりな気がします」
「わかるよ。日数的には大したこと無いんだけどな」
「そうですね」
苦笑を浮かべた吉乃がちらりと響樹を見上げ、しなやかな指がほんの僅かだけ響樹の手の甲をなぞる。思ったことは恐らく同じ、久しぶりだと感じた理由について。
互いにそれ以上は口にしなかったが、視線を絡めた後で、吉乃はまた優しく笑った。
いつも通りとは少し違った朝、二人の手はいつもの場所を過ぎても離れることは無かった。普段二人同時に解く手と指を響樹は離さなかったし、吉乃からもその気配は無かった。
横目で窺ってみると淡紅色の綺麗な唇が優しい弧を描いていた。
意思表示として響樹が少しだけ手に力を込めると、同じように彼女の指が少しだけ強く響樹を求める。
「連休が明けると忙しくなるな」
このままだと朝から学校どころではなくなりそうで、誤魔化すように話題を振る。ただ、繋いだ手の強さはそのままに。
そんな響樹を見上げて微笑み、吉乃がこくりと頭を動かした。
「ええ。体育大会がすぐですし、六月には文化祭があって、修学旅行の準備も夏休み前には始まりますからね」
「あー、修学旅行もあったな。そう考えると二年生が一番忙しいんじゃないか?」
「受験生の先輩方に怒られそうな発言ですね」
「確かにな」
受験勉強に特段力を入れるつもりの無かった響樹が肩を竦めると、同じであろう吉乃が口元を押さえてくすりと笑う。
「それに、もう二つ大切なことを忘れていますよ?」
「二つもか?」
「ええ、二つです」
何があるだろうかと頭を捻るが思い浮かばず吉乃を窺うと、楽しそうな笑みが浮かべられていた。
「ヒントくれ」
「時期は六月と八月です」
「六月と、八月……」
つまり一つは夏休み中ということだが、学校行事の類は無いはずだ。流石に任意参加の夏季特別授業を楽しみにしている訳ではないだろう。そう考えると――
「ああ。海たちと行く旅行か。学校行事限定かと思ってた」
「はい、正解です。学校行事ではありませんけど、楽しみにしていたんですから」
「そうだな、俺もだよ」
わざとらしく口を尖らせる吉乃にそう返せば、彼女の表情がやわらぐ。
「ってことは六月の方も学校行事以外か?」
「さあ、どうでしょうか?」
笑みがいたずらっぽいものに変わり、吉乃が首を傾げて綺麗な長髪をさらりと揺らす。
「……六月の方はほんとにわからん」
「本当に、わかりませんか?」
整った眉の根元を僅かに寄せ、吉乃が響樹へと顔を近付ける。見つめ合ったまま、ほのかな甘い香りが少し強くなるのを感じられて、響樹の心拍が上がる。吉乃の方もそんな現状に気付いたのか「あ」と小さく声を上げ、ほんのりと頬を染めながら、ゆっくりと顔を離した。
恥じらいを覚えながら、それでもなおこの距離を保ったままでいたいかのような様子に、思わず響樹の方から距離を詰めたい気持ちを必死で抑え込む。
「……本当にわからないな」
「……六月の、二十日です」
「二十日? ……ああ」
日付まで言われてようやく思い至ると、呆れたような表情を作ってみせた吉乃が優しい声で答えを告げる。
「もう……自分の誕生日くらい覚えておいてください」
「いや、まあ、悪い」
胡乱な目で見つめられて顔を逸らすと、「悪くはありませんけどね」と吉乃がくすりと笑って言葉を続ける。
「お祝いさせてくれますよね?」
「してくれなかったら泣くぞ?」
「忘れていたのにですか?」
「それは言わないでくれ」
誕生日に縁のない生活をしていた訳ではないが、吉乃といるせいでずっと、彼女で心が満たされ続けていたのだ。
「楽しみにしていますから、楽しみにしていてくださいね」
「ああ、もちろん」
今までで最高の誕生日になることは、もう知っている。
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