警戒心と独占欲
「なんだか堕落してしまいそうですね」
「デリバリーくらいで大げさな」
外食や規制品を購入して食事を済ませる事すらほとんど無いという吉乃は、デリバリーについても以前のピザが初めてで今回は二回目との事だ。
宅配料こそかかるものの、自炊や外出のような労力無しに食事が出来るというのは吉乃からするとどうも落ち着かないらしい。注文完了画面を見つめる表情には苦笑が浮かんでいる。
「デリバリーの事だけではありませんよ。市販のお菓子をたくさん買って間食する事も、家事や勉強を全くせずに遊ぶ事も、こうやってラフな格好でいる事も、どれも初めてなんです」
段々と表情がやわらかくなり、浮かべられたのは優しい微笑み。そしてその中に僅かだけ小悪魔の笑みが混じり、吉乃はそっと響樹に体を預ける。
「しかも。それが大好きな人と一緒だとなれば、幸せに決まっています。堕落してしまいそうになるのも止む無しだと思いませんか?」
頬こそほんのりと色付いているものの、映画鑑賞――響樹は内容をほとんど覚えていない――の間で吉乃はこの状態でのふれ合いに随分と慣れたようだ。
しかし響樹の方はまるで駄目だ。その格好をしっかりと見るだけでいまだにドキリとさせられるし、素肌同士のふれ合いはそんなものでは済まない。預けられた薄着越しの体は全てがやわらかで、吉乃の香りを強く感じられるような気がして、呼吸さえもためらってしまう。
「……俺を堕落させようとしてないか?」
くすりと笑った後で、吉乃は響樹の腕を取って自身の細い腰へと導き、更に体を寄せる。軽く手を添えるのが精いっぱいの響樹に、抱き寄せろと言わんばかりに唇を尖らせてみせる様は小悪魔では済まない。
もちろん本人にそんなつもりが無いのはわかっているが、まるで誘惑されているようで、流されてしまえば堕落一直線だと思えた。
「大げさですよ」
「……大好きな人とこんな事をするのは初めてだからな」
「……はい」
温かな頬をした吉乃が細めていた目を閉じ、そっと響樹の胸に耳を当てる。暴れまわる心臓の音を聞かれるのはだいぶ恥ずかしかったが、まぶたの下ろされた恋人の顔がとても幸せそうで、響樹は吉乃の腰を抱きながら、高揚を多分に伴った幸せに浸る事にした。
◇
「さて。そろそろ金の用意しとくか」
「ええ」
最速であればあと数分程度で届く場合もあるそうなので、残念ではあるが一旦吉乃と離れて立ち上がる。机の上に置いた封筒には二人で同じだけ出し合った今日のための金銭が入れてある。スーパーではそれなりに使ったが、まだまだ余裕のある金額が残っていた。
「夕食は奮発するか?」
「お昼もまだなのに、気が早いですね」
必要な金額をテーブルの上に用意して封筒を軽く振りながら冗談めかすと、吉乃は口元を押さえてくすりと笑う。
「あ。言っとくけど」
「はい?」
「受け取りは俺が出るからな。吉乃さんはここにいてくれよ」
「……ええ。流石にこの格好で人前に出るのは恥ずかしいので、すみませんがお願いします」
自身の服装に視線を落とした後、少し眉尻を下げた吉乃が響樹を見上げる。
響樹の方も改めて吉乃の格好を目にいれ、またも心拍が少し上がったような感覚を覚える。こんな彼女を、他の誰にも見せたくない。
「彼氏の独占欲が強くて、困ってしまいます」
言葉とは裏腹な表情を浮かべた吉乃が、少し首を傾けてしなを作る。
「彼女が魅力的で困ってるんだけどな、俺は」
「困るんですか?」
肩を竦めてみせて吉乃の隣に腰を下ろすと、彼女はいたずらっぽく笑いながら響樹にそっともたれかかる。
「吉乃さん、意外と危機感無いからな」
今こうやってスキンシップを許してくれているのは、吉乃の愛情表現であり、前提として響樹への信頼と二人の間に重ねた時間が存在する。
だが付き合う前の時点でも、吉乃には無防備なところが多々あった。短めのスカート――足が長いのでより一層短く見える――から覗く部分に視線を向けてしまった事が何度もあるが、彼女はほとんど気付かなかったし、気付いたとしても気にした様子は見せなかった。他にも距離が近いと思うような事は何度かあった。
「心外です」
体を起こした吉乃だが、今度は表情と言葉が一致した。
「人並以上の警戒心は持っているつもりですよ。家のセキュリティーはいいですけど、この年齢と性別で一人暮らしをしている訳ですので」
「まあ防犯の方はそうなんだろうけど……こう、女子として無防備って言うか……」
「そんな事は無いと思いますけど……あ、もしかして制服のスカートの事ですか?」
少し難しい顔をして首を傾げていた吉乃だったが、「まあ、そうだな」と少し気まずい思いをしながら頷いた響樹に対し、笑みを浮かべた。
「スカートを短くする以上、振舞いにはちゃんと気を付けていますから安心してください」
「ならいいんだけどな」
よくよく考えてみれば優月などは吉乃よりも更にスカートが短いように思うが、本人は平然としている。男の側からみると大丈夫かと思ってしまうのだが、吉乃の言いようからするとツボを押さえて行動する分には問題が無いのだろう。
(海はどう思ってるんだろうな?)
流石に聞けないが、独占欲が強いのは自分だけなのだろうかと思ってしまう。
「響樹君は、スカートはもう少し長くした方がいいと思いますか?」
「いや。思わない」
ほんの僅かだけ不安を覗かせた吉乃の髪を撫で、響樹は力強く首を振る。
「吉乃さんがしたい格好をすべきだと思う。言っとくけど本心だからな……他の奴に見せたくないって、独占したい気持ちもあるけどな」
「二重に嬉しい回答をありがとうございます」
顔を綻ばせ、吉乃はまた響樹に体を委ねる。
「私には響樹君だけですから、思う存分独占してください」
「ああ。言われなくてもな」
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