同じように笑う

 響樹は英語が得意である。科目としてのそれはもちろん、日常会話レベルであればネイティブスピーカーともある程度話せるし、読む事聞く事に関してはもう少し高いレベルでこなせる。しかし現在、テレビから流れる英語の意味がまるで理解できずにいた。

 その原因はもちろん、隣にいる吉乃。二人がいつもの距離で並べば、いつものように互いの体がふれ合う。ただし今日は二人とも半袖で、服越しの接触ではない。触れたいと思った吉乃の肌に自身の肌が触れたままで、彼女の体温がはっきりと伝わる。


(コメディー映画にしたのは失敗だったな)


 映像を見ていればなんとなくの笑い所はわかるが、言葉が聞き取れない状態では面白さは半減どころではないし、何より笑える気分にならないのだ。ラブロマンスだと万が一にもシーンがあったら困るが、アクション辺りを選んでおくべきだっただろうか。

 そんな事を考えていてふと気付く。映画を見始めて20分ほどだが、吉乃だってくすりともしていない。英語の能力で言えば響樹よりも彼女の方が上だというのに。

 横目で窺ってみると、ちょうど同じようにこちらに視線を向けた吉乃と目が合った。淡紅色の綺麗な唇が小さく「あ」の形に動き、少し眉尻を下げた彼女がどこかくすぐったそうに笑った。


「なんだか、落ち着きませんね」

「そうだな」


 接触は互いの前腕部分だけ。抱擁を交わす事に比べれば重なる面積はだいぶ小さい。ただそれが素肌同士のふれ合いとなると、やはりどうしても心が騒ぎだす。それは吉乃も同じだったのだと、自身の表情が崩れるのがわかった。


「でも、今ちょっと落ち着いた」

「ええ」


 腕を少し動かし、ふれ合わせたままで指を絡める。響樹に向けられていた吉乃の目が優しく細められ、小さく頷いた彼女が今までよりもほんの少しだけ響樹に体を預けた。一瞬心臓の鼓動が速くなるが、その高鳴りさえも心地良く感じられる。

 吉乃は画面へと視線を移し、「ようやく映画を見られそうです」と笑った。「だな」と応じ、響樹もようやく内容が耳に入り始めた映画へと意識を戻した、半分ほどは。もう半分は、戻せそうになかった。


 画面の中では二人の男がくだらない言い争いをしている。片方がやたらとオーバーな身ぶり手ぶり口ぶりでコミカルにまくしたて、もう片方はこちらもオーバーなアクションで立腹を示していた。

 同じようにまくしたてられたら相当腹立たしいだろうなと思いはするのだが、怒りが空回りして余計に激昂する演技がおかしくて、笑いがこぼれてしまう。隣の吉乃もほぼ同じタイミングで口元を押さえて笑っており、また目が合った。今度は視線だけではなく顔を見合わせ二人で笑う。

 冗談を言い合って笑う事はあったが、こんなふうに同じものを見て同じように笑う事は初めてだ。ずっと一緒にいたのに、吉乃の笑顔は何度だって見ているのに、今日の笑顔は初めて見るような感覚で不思議だった。


「映画、見なくていいのか?」

「響樹君が見せてくれないので」

「俺が酷い奴みたいだな」


 顔を見合わせたまま肩を竦めると、吉乃がくすりと笑う。これは見慣れた笑みだ。


「デートで映画館に行く時には、私に映画を見させてくださいね」

「こっちの台詞だ、まったく」


 結局、半分のそのまた半分くらいの意識でしか映画は見られなかった。

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