不要な羞恥

「これだけ買えば足りなくなる事は無いだろ」

「それはそうでしょうね」


 二リットルペットボトルが二本と菓子類が大量に入ったエコバッグを肩から提げると、ずしりと重い。売り場ではあまり気にせずカゴに入れていた吉乃だったが、店から出ると少し冷静さを取り戻したのか、苦笑を浮かべていた。

 裏を返せば先程までの吉乃は見て分かる以上に高揚していたという事で、微笑ましい気持ちになる。


「重くありませんか?」

「軽くはないけど、このくらいなら別に」

「支えてあげようと思いましたけど、不要のようですね」

「……急に重く感じてきた」


 訂正。今もまだ、高揚は残っているようだ。

 一度持ち上げてみせた肩を落とすと、「強がりは良くありませんよ?」と吉乃がくすりと笑い、そっと響樹の腕を取り優しく引き寄せる。恋人としてしっかりと腕を絡めながら、それでいて重りと釣り合うように支えてくれているのは流石だ。

 まだスーパーを出たばかりで人目もある状況、元々目立つ吉乃は更に視線を集めている。本人もそれに気付いているのか、普段こうやって腕を組むような時よりも少しだけ頬の朱色を濃くしていた。整いに整った顔に恥じらいを浮かべながらの彼女は、ちらりと響樹を見上げる。


「これで今日はもう外に出なくて済むな」


 注がれる視線は嫌なものではなく、多分微笑ましいもの送られる類のもの。それでも、恥ずかしいものは恥ずかしい。だがそれを受けてなお、いや、より一層強く響樹の腕を抱く吉乃は、先程響樹が口にした「贅沢」への回答をしてくれているように思えた。今日はずっとこの場所にいる、と。


「そうですね……着替えもする訳ですから」

「……だな」


 恥ずかしそうに、それでいて楽しそうに響樹を見上げる吉乃は、響樹の反応を見てまたくすりと笑った。



「ご期待に沿えましたか?」


 部屋に戻り荷物を置いてしばらくして、浴室の方から吉乃が戻って来た。濡羽色の髪を白いシュシュでまとめて片側に流した彼女は、やわらかな笑みを浮かべ、落ち着いた声で、可愛らしく首を傾げる。ただ、格好ともども吉乃が平常でない事は一目瞭然だ。そして響樹も同じ。自身の喉が鳴った事に少し遅れて気付く。

 吉乃が好む色である黒の上下。下はショートパンツで、それなりに丈の短い制服のスカートよりも更に、眩しい腿を露わにしている。本人もそれが落ち着かないのか、時折手のひらで隠すような仕草を見せる。それが逆に煽情的である事は、しばらく言わないでおこうと思う。

 上の方は割とゆったりとした半袖で、ほぼ肘の辺りまでを隠してしまっているが、大きく開いた襟ぐりからは鎖骨がほぼ全て見える。多分、屈めば別の部分も。思わず視線を首元から少し下ろしてしまう。

 そんな視線に気付いた吉乃は、襟元を摘まみ上げながら可愛らしく唇を尖らせ、恨めしげな視線を送ってくる。少しの間そんな形で見つめ合った後、まだ言葉を出せずにいた響樹を前にふっと息を吐き、彼女は真っ赤な顔に笑みを浮かべた。勝ち誇った可愛らしい笑みを。


「沿えたようですね」

「……ああ。そういう格好も本当に良く似合ってる。可愛いな」

「ありがとうございます。そう言ってもらえると羞恥に耐えた甲斐があります」


 吉乃の大きな目が少しだけ細まり、綺麗な唇が優しく僅かだけ緩む。羞恥と言ったが、きっとそれだけではなかったはずだ。普段と大きく違う印象の格好をする事に、不安だってあっただろう。響樹が喜ぶことは百も承知だったにせよだ。


「恥ずかしい事なんて無いだろ。凄く綺麗だ」


 惜しげもなく披露されたスラリと長い脚は、引き締まった印象を受けるのに、不思議な事に相反する女性らしいやわらかさも兼ね備えているのが見てわかる。今までも吉乃に対して似たような感想を抱く事が多かったが、今日はより一層思う。

 上半身はゆったりとしたしているので体のラインは正確にはわからないが、覗く腕にはやはり脚と同じ印象を受ける。熱を集めたままの顔と違い、白磁の芸術品を思わせる繊細さと美しさで、触れる事すらためらうくらいだというのに、触れてみたくて仕方ない。


「本当に……やばいくらい」


 主に響樹の理性の面で。


「そういう事を言うから! もちろん嬉しさの方が勝りますけど、余計に恥ずかしいんですよ」


 目を丸くした吉乃の頬が、より一層熱を持ったように見えた。「ばか」と、目で見ていただけのやわらかさが響樹の胸の中に収まる。

 いつもの少し甘い花の香りと、いつもより少し温かい吉乃の体温。


「温かいですね」

「ああ」


 薄着の響樹にそれを感じたのは吉乃の方も同じだったのか、それとも実際に彼女との抱擁で体温が上がったのかは不明だが、胸の中の彼女は優しく笑う。しかし目が合うと、可愛らしく少しだけ唇を尖らせる。


「恥ずかしいので目を閉じてください」

「えー」

「元の服に戻してしまいますよ?」


 首を傾げながらのいたずらっぽい笑みに対し、ノータイムでまぶたを下ろす。くすりと、優しく笑う声が聞こえた。

 そしてその次には、響樹の予想通りの感触が訪れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る