最高の贅沢
手を繋ぎながら歩いて10分と少し。辿り着いたいつものスーパーは、やはりいつも通りに見えた。時間によって建物の外観が変わる訳でもないし、春になってからは日も延びていて明るい内に来た事もあるのだから当然と言えば当然の話だ。
「この時間に来るのは初めてだけど、流石に客層は違うんだな」
「私も午前中に来る事はほとんどありませんでしたけど、休日だけあってご家族連れやご夫婦の方が多いですね」
「だな」
そんないつもと少し違う店内に入ってカゴを手に取り、目的の売り場へ。
流石に他の客の邪魔になるので繋いだ手は残念ながら離している。ただ、名残り惜しかったのは吉乃の方も同じだったようで、目的地に着くまでに何度も何度も、互いの手や指は不自然に触れ合った。そのたびに、隣の彼女は上機嫌な顔を見せていた。
「遠目では見ていましたけど、実際に来てみると圧倒されますね」
「だな。コンビニとは量が違うな」
目的の売り場はお菓子コーナー。普段既製品の菓子類を食べない吉乃はもちろんだが、響樹もたまに食べたくなったとしてもコンビニで済ませているのでこの売り場に来るのは初めてだ。棚一面、どころか前後の棚全てに並んだ製品の数々には、新鮮な驚きがある。
「吉乃さんこういうの知らないだろ?」
「これは……普通のお菓子とどう違うんですか?」
背の低い子どもでも届くように下段に置かれた菓子を指差してみると、腰を屈めた吉乃が不思議そうに覗き込む。
「あ。こんな風に自分で作れるような物もあるんですね」
「知育菓子ってやつだな。お菓子作りって言えるようなレベルじゃないけど、自分で作る事が楽しめる感じ」
響樹を振り返り感心したように「へえ」と声を上げた吉乃だったが、再度知育菓子に視線を落とし、いくつかの物を手に取った。気付かれないように横から伺うと、その表情に浮かんでいたのは純粋な興味や好奇心といった色。そうなってくると、もっと別の物も見てもらいたいという気持ちが湧く。
「因みにこういう作るって感じじゃないけど、色が変わったりする奴もあるぞ。ほら、隣のやつとか」
「これは、混ぜる過程で色が変わる? という事ですか。どういう仕組みで……なるほど。重曹とクエン酸を使ったpH調整による色彩変化、まさしく知育ですね」
「あ、ああ……」
粉に水を足して練るタイプを手に取った吉乃がパッケージの裏面を見て目を輝かせる。期待した反応とはちょっと違ったが、彼女が楽しそうな事に変わりはない。
「いくつか買ってくか?」
「……魅力的な提案ですけど、今日はやめておきます」
優しく笑って小さく首を振り、菓子を棚に戻した吉乃が立ち上がる。そして、少しだけ頬を膨らます。
「私は十六歳ですよ? このお菓子は大体五歳前後が対象年齢なのに、響樹君は相変わらず私を子ども扱いするんですから」
「たまには童心に帰るのも悪くないだろ?」
「この後は恋人としての時間を過ごすのに、ですか?」
妖しく微笑む吉乃が響樹との距離を半歩詰め、しなを作るように首を傾げた。発言の内容もそうだが、手を伸ばさなくても抱き締められる距離にいる吉乃が、ほのかな甘い香りが、響樹の敗北を決定付ける。
降参だと肩を竦めてみせる、吉乃は「また別の機会にお願いしますね」とふふっと笑った。
「了解。じゃあ、こっちの大袋中心で買う感じでいいか?」
「そうですね。響樹君のおすすめはありますか?」
「いや、俺もほとんど食べないからな。まあ、こういう中身が個別包装になってるのは別に余ってもいいし、たくさん買おう。せっかくの機会だし」
「そうですね。せっかくのお家デート、ですから、少し贅沢をしてしまいましょう」
「お家デート」と言い出したのは自分なのに、改めてそれを口にすると少し恥ずかしいらしく、吉乃が可愛らしいはにかみを浮かべた。
「吉乃さんが一日中隣にいてくれるんだから、このくらいは贅沢には入らないな」
「またそういう事を。しかも外で……響樹君のばか」
その後しばらく、俯きがちの吉乃は口をきいてくれなかった。
それなのに、響樹の隣からは一歩も離れなかった。
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