随分と長いもう少し

 五月連休には吉乃とデートをしたいなと思っていて、いくつかの候補地をリストアップしてみた。しかし時期故の混雑や移動を考えると、もっと良い場所があるのではないかと考えてしまい、中々本人に提案出来ずにいた。

 彼氏としてしっかりとデートプランを立て、当日はスマートにエスコートをしたかったところなのだが、流石にそうも言っていられなくなった四月下旬の更に後半。思い切って吉乃に尋ねてみる事にした。


「デートですか? はい。是非」


 破顔しながら目を輝かせる吉乃を嬉しく思うと同時に、これから切り出す話題を少し情けなく感じてしまう。本当はもうちょっと格好つけたかったところだと。


「吉乃さんはどこか行きたい所あるか?」


 無いようであれば響樹がいくつか候補を挙げ、それを元に擦り合わせていこうと思っている。しかし――


「……してみたかったデートがあります。連休ですし、ちょうどいいかなと思います」


 少し考えるそぶりを見せた後で告げられた吉乃の言葉。行きたい所ではなくしてみたいデートという言い方は気になるが、「聞かせてくれ」と言葉を返した。


「おうちデートというものをしてみたいんです」

「……それ自体はいいんだけど、何するんだ?」


 言葉自体は聞いた事があるのだが、普段から互いの家を行き来して時間を共有し合う響樹と吉乃である。それとどう違うのかがよく分からず、響樹は首を捻る。


「そうですね。普段は家で勉強をする合間にこうやって過ごす事がほとんどでしょう? 主目的を逆にすると言えばいいんでしょうか。二人でゆっくりと1日中、一緒の時間を楽しく過ごすんです。だから、何をするかと言われると……色々したいです」


 隣の吉乃が恥じらうように、そして甘えるように響樹を見上げる。そんな表情に愛おしさが溢れそうになったことも一因だが、彼女の提案がとても魅力的だったから、響樹は吉乃の頭に手のひらを乗せ、そっと撫でる。

 1日中、吉乃がこうやって触れ合える距離にいてくれるのだ。期待に胸が膨らむどころかそのまま爆ぜてしまってもおかしくない。


「いいな、それ。大賛成だ」

「はい、ありがとうございます」


 僅かに覗く安堵と、それ以上の喜びに綻ぶ表情。そしてそのまま響樹に体を預け、きゅっと優しく抱き着いてくれた吉乃を、こちらはもう少し強く抱きしめる。


「どんな事したいか、もう考えてる事あるか?」


 流石に次もその次もおうちデートという訳にはいかないので、そちらに関しては今後の課題であるが、それはそれ。今は吉乃と二人の時間を最大限楽しむことに全力を尽くすのみだ。


「具体的な事はまだ何も。でも、そうですね。せっかくですから、お互い普段よりもラフな格好で過ごしてみるのはどうでしょう?」

「ラフな格好か」


 そう聞いて考えたのは自分のものではなく、吉乃がどんな風なものを選ぶかだ。外行きと部屋の中で過ごす時では今までも違っていたが、言いようからするに後者よりも更にラフにするのだろう。


「……楽しみにしてる」

「間があったのは何故でしょう?」


 下心があるからだ。とは言えず、抱擁をといて胡乱な目でこちらを見つめる吉乃に「気のせいだ」と誤魔化すと、いたずらっぽく笑った彼女が「本当は?」と首を傾げる。


「楽しみにし過ぎて言葉が出なかったんだよ」


 嘘ではない。ラフな格好と聞いて少し露出が増すのかと期待しないではなかったが、それだけではない。響樹以外が見る事の出来ない吉乃の姿が楽しみで仕方ないのだ。


「仕方ないので、誤魔化されてあげます」


 ふふっと笑い、吉乃は再び響樹の胸に顔を埋める。

 響樹の方も吉乃の頭をまた撫でるのだが、その最中、彼女の腕に力がこもった。


「吉乃さん?」

「響樹君」


 顔を響樹から離さないままの静かな声。

 表情を隠すような仕草で何か言いたい事があるのだろうとは分かったので、響樹は何も言わずそのまま髪を撫で続ける。その中で気付いた。濡羽色の髪から覗く吉乃の耳が真っ赤になっている。


「約束を覚えていますか? ……あの、雨が降った日の」

「……ああ、覚えてるよ」


 恥じらい故であろうとは見当がついたが、今の二人の関係で、吉乃がこうも言葉をためらう理由は何だろうと思っていた。

 言わせるべきではなかった。響樹から切り出す事柄だった。ただ、そんな後悔は後ですべきだ。意味に気付いて跳ね回っている心臓も、今は無視して冷静になれる。


「おうちデートして、その後は泊まらせてもらう。ありがとう」

「はい」


 響樹の胸元で吉乃がこくりと頭を動かし、くすりと笑った。


「どうかしたか?」

「心音が凄い事になっていますよ」

「……思い出したよ」


 何よりも先に吉乃の信頼にこたえたくて、意識して無視した自分の状態を今、改めて認識した。

 顔がかつてないくらいに熱く、心臓はもちろん、指先までが鼓動に呼応するかのように激しく脈を打っている。きっとこのままでは吉乃の髪を撫でる事など出来ないと、響樹は諦めて吉乃を抱きしめた。心音がより伝わるようになったのか、腕の中の吉乃はまた優しく笑った。


「吉乃さんだって真っ赤だぞ、耳まで」

「ええ、きっとそうなんだろうなと思っていました。だから、もう少しこのままでいさせてください。響樹君の心臓が落ち着くまで」


 そう言って更にぎゅっと抱き着く吉乃に、「無茶言うなよ」と告げながらも、同じように強く抱きしめ返した。

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