そういうところ
響樹たちの通う高校では、全校行事の類が一学期に偏っている。体育大会は五月連休が終わってすぐで、文化祭は六月の中旬に開催される。
三年生が最後の学校行事に際して受験を気にする事無く楽しめるように、と言うのが主だった理由。裏を返せば、それが終われば受験勉強に注力せよという事である。
それから副次的な理由として、イベント事を通じて新しいクラスメイトとの関係を構築出来るというものもある。特に一年生は四月にオリエンテーリングもあり、これらの行事を通じて新しい環境に馴染んでいく。まあ、去年の響樹は逆に周囲との溝を深めた訳だが、今となっては笑い話だ。
「俺は100m。吉乃さんは?」
今日のLHRで体育大会の出場種目が決められたので、恐らく吉乃のクラスでもそうだろうと帰り道で尋ねてみた。
「私は200mとリレーです」
「凄いな。その辺の種目は大体運動部が持ってくだろうに」
運動が苦手な者は大体走らなくて済む種目で、逆に得意な者は走る種目。特に運動部所属者などの特に能力の高い者は、リレーはもちろんの事だが男子であれば400m走、女子であれば200m走に駆り出される事が多い。
そんな中で、非運動部でありながら吉乃の選出種目は大したものだ。彼女が何をやらせても出来る人間だという事は知っているが、それでも。
「私のクラスに運動部の方が少なかった事も要因ですよ。他のクラスの運動部に負けないように鍛えないといけません」
「普段から鍛えてるだろ……流石だな」
一人暮らしの家事を完璧にこなしつつ、勉強も蔑ろにする事無く、日常的に運動もしている吉乃。その状態から更に運動の量を増やそうと言うのだから頭が下がる。そしてそれ以上に、やはり負けず嫌いな彼女の心根の方に、流石だという思いが強まる。
「普段は軽い運動程度ですからね。運動部の練習量には敵いませんよ」
吉乃はそう言って苦笑を浮かべるが、響樹は「それでもだ」と返し、繋いだ手に少し力を込めた。
「そういうところ、本当に吉乃さんだよなあ」
「悪い意味ではありませんよね?」
「当たり前だろ。俺の大好きな吉乃さんだなって思っただけだよ」
ニコリと笑って圧をかける吉乃に対し素直に応じると、一瞬目を見開いた彼女が勢いよく顔を逸らし、握った手がぎゅうっと絞めつけられる。流石トレーニングを怠らないだけあって少し痛い。ただそれ以上に、こんな仕草が可愛くて仕方ないのだから、全く自分は度し難いと思ってしまう。
響樹の右隣にいる吉乃はまだ更に右を向いたまま。そんな彼女から「それを『だけ』だなんて、当たり前のように言うんですから」とぽつりと声が、そして少し長い吐息が漏れた。戻って来てくれた顔からは羞恥の色が消えておらず、浮かぶのは可愛らしいはにかみ。
「……でも、そうまで言ってもらえると、本当に頑張らなければいけませんね」
「無理はしないでくれよ。分かってると思うけど」
「大丈夫ですよ」
目を細めて微笑む吉乃だが、ふふっと笑った後で小悪魔の表情を浮かべた。
「響樹君に言われるとは思っていませんでしたけど」
「……返す言葉も無い」
こればかりは本当に。そんな響樹に対し吉乃はくすりと笑い、繋いだ手を解いて腕を絡めた。また少しだけ、その整った顔が色付きを増し、心をくすぐる上目遣いの視線が向けられる。
「それにもし無理をしそうになっても、隣にいる響樹君が気付いてくれますから」
「……ああ、もちろんだ」
「頼りにしていますよ」
「任せとけ」
それから、こちらも頼りにさせてもらう。優しく笑う吉乃に、心の中でそう付け足した。もう二度と、あんな無茶をして吉乃に心配をかける事はしないと誓っているが、今回は響樹も頑張ろうと思う。
どれだけ出来るかは分からないが、それでも可能な限り吉乃にいいところを見せたい。そして何より、彼女の頑張りに負ける訳にはいかないのだから。
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