人生最短の6分間
「あれから半年。響樹君と出会ってから時間が経つのが早いです」
吉乃と出会ってすでに半年と少しが経過しており、書類の上では四月一日に二学年へと進級していた響樹たちは、今日初めて二年生として登校する。そんな始業式の朝、普段であればアパート前での待ち合わせであるが、今日は事前の約束通りいつもより早い時間に吉乃が響樹の部屋を訪れている。
時間的な余裕があるため二人でテーブルを挟んで座ると、吉乃が目を細めて懐かしむ様子を見せた。
「……だな」
恋人の優しい微笑みに見惚れかけた。約2週間ぶりに見る制服姿にも、だろうか。
もちろんそれだけではなく、吉乃と過ごした半年を少し思い返した事も返事が遅れた理由の一つだ。
「吉乃さんといると時間が過ぎるのが早い」
幸せな時間はすぐ終わるとはよく言ったもので、吉乃と恋人になってからは常々そう思っている。平時は夜の時間まで長居をする訳にもさせる訳にも行かず、時計を見るのが辛くなって少し困る程だ。
「ええ。少し困るくらいです」
困ると言ったくせに浮かぶ表情は楽し気な笑顔。
「どうかしましたか?」
「少し困るって、全く同じ事考えてたなって」
「息が合った恋人同士ですからね」
「ああ」
緩みかけた頬を押さえた響樹の返答に、吉乃がほんの少し頬を緩ませ、整った顔に可愛らしいはにかみを浮かべた。
「そういう可愛い顔されると、新学期早々登校する気が失せて困るな」
春休み中ならばこのくらいから1日吉乃と一緒の時間が始まるが、新学期ではそれも叶わない。一緒に過ごす時間は休み中と比べてだいぶ減る。もちろん寂しくはあるが、それを理由にサボろうとは思わない。ただの照れ隠しの軽口であるのだが、愛しい恋人はそんな事は当然お見通し。
「休んでしまいますか? 魅力的なお話ですね」
口元を押さえてくすりと笑った吉乃だが、壁掛けの時計に視線を移した後「でも」とやわらかく笑う。
同じく響樹が時計を確認すると、普段部屋を出る5分前。やはり吉乃と一緒にいる幸福な時間はあっという間に過ぎて行く。
「ああ。約束だったからな」
「はい」
軽く頭を振ってから吉乃へと視線を戻し、頷いた彼女にこちらも頷き返して同時に立ち上がる。テーブルの向こうからやって来た吉乃は家を出る準備が既に出来ている。対してワイシャツ姿の響樹はまだで、これから最後の仕上げである。
「頼む」
言葉と同時に渡したのは二年生が身に着ける藍色のネクタイ。下ろしたてのそれを吉乃は丁寧に両手で受け取り、「はい、お任せください」とい優しい微笑みを浮かべた。
始業式当日、二年生としての初登校日。こうやって吉乃に初めてネクタイを結んでもらう事を約束していた。授業は既に二学年の範囲を半分近く終えているし、部活動をしていないので「二年生になる実感が湧かないな」と言った響樹に、それならばと吉乃がしてくれた提案を、二人の約束にした。とても楽しみにしていたそれが果たされる。
「プレーンノットでいいんですよね?」
「ああ、よろしく」
吉乃の方も楽しみにしてくれたいたのは一目瞭然で、響樹を見上げる瞳の輝きが普段よりも強く見えたし、質問の声が弾んでいる。
「では失礼します」と吉乃はネクタイを響樹の首の後ろに回し、前側で長さを調節。対面から相手のネクタイを結ぶという事を苦にする様子などまるで見せず、そのまま流れるような手つきで結び目を作り、優しい手つきできゅっと締めた。
「苦しくありませんか?」
「ちょうどいいよ。流石だな、ありがとう」
「どういたしまして。はい、ブレザーをどうぞ」
「至れり尽くせりだな」
袖を通させてもらい、ボタンまで留めてもらう。子どもがしてもらうような状況だと思いもしたが、ほんのりと頬を染めた吉乃の笑みが恋人のそれであるので、響樹の意識もそちらに向かう。
ネクタイを結ぶために近付いてくれた距離は、普段であればそこから抱擁や口付けを交わす恋人の距離だ。ふわりと香る甘い匂いもそうで、どうしてもそういった恋人の触れ合いを想起させる。
「はい、出来ました。鏡で確認してください」
「いや、いいよ。吉乃さんがやってくれたんだし、必要無い」
「もう。変な所があっても後で恨み言は聞きませんよ?」
少し口を尖らせるものの目じりはほんの少し下がっており、優しい表情からは吉乃の喜びが伝わってくる。
「ありがとう、吉乃さん」
「どういたしまして、響樹君」
僅かな熱を帯びた瞳をまっすぐに見据え、そっと濡羽色の髪に触れた。くすぐったそうに少し肩を竦ませた吉乃の腰にそのまま手を回すと――
「遅刻してしまいますよ?」
優しい声でそう言うくせに、力を込めるよりも先に吉乃は響樹の胸に体を預けた。
「5分だけ」
「仕方ありませんね」
ぎゅっと、背中に回された吉乃の腕に力が入り、響樹も彼女の細い腰を抱いた。
そうして過ごした
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