ボーイズトーク

「響樹、ゲーム機持ってなかったっけ?」

「実家にはあるけど、こっちには持って来てないな」


 久々に遊びに来た友人が思い出したように部屋を見回して口にした疑問に、響樹もそういえばと思い出しながら答えた。


「やっぱ家事大変で時間取れないのか?」

「家事はそれなりに面倒だけど、全部自分で時間決められるし結構時間は作れてるかな。通学時間も短くなってるし」


 引っ越しの準備をしていた際は、実家にいた頃よりも成績を上げてやるという両親への意地もあり、娯楽の類をアパートに持ち込まないつもりだった。もしも必要になったとしていつでも取りに行ける距離でもあったので、まあ問題ないだろうと。

 ただ今にして思えば実家に戻る事に忌避感があったのだろうが、結局響樹はゲーム類を取りに戻る事をしなかった。


「今は特にしたいと思わないからな」


 吉乃おかげで実家に戻る事への忌避感は無くなったが、その吉乃のおかげで娯楽の必要性を感じていないので、やはり現状維持である。

 しかし、今まで海が一人で遊びに来る事がほとんどなかったのであまり気にしなかったが、改めて自分の部屋を見てみると友人を招くには不愛想な部屋だなと思う。


「悪いな、せっかく来てもらって」

「いや、そういうつもりじゃなかった。こっちこそ悪いな、お邪魔してるのに」


 海は軽い口調でそう言いながら顔の前で手を振り、そして小さく息を吐いた。


「何かあるのか?」

「まあ、そうだな。ゲームでもしながら軽い感じで話したかったってとこかな」


 やはり口調は軽いものの、顔には僅かな苦笑が浮かぶ。言いようから察するに、響樹に対して何らかの相談があるのだろう。

 口には絶対出さないが、海は響樹にとって大切な友人だ。なれるかどうかはともかくとして、悩みがあるのなら力になりたい。


「微力で良ければいつでも貸すからな」

「……何て言うか、お前はそういう奴だよな」


 そう言ってから軽く頭を振り、海は「響樹お前」と口を開いた。表情は普段の軽薄さを残そうとしていて、それでいて出来たのは半分程度と言ったところだろうか。


「……烏丸さんと、もうしたか?」

「………………は?」


 身構えてはいたが、内容の理解に少し時間を要した。そして理解した上での「は?」である。


「ほらそれ! 真面目な感じで言うと絶対そういうリアクションされると思ったから。だからゲームでもしながら話したかったんだよ」

「……いや、悪い」


 ゲームをしながらでも同じ反応をした自信があるが、海が真剣な事も分かる。対人関係を卒無くこなす友人が、こういった話題を直球で切り出さざるを得ない程だった事も。

 だから、吉乃にも関わる事なので本当はあまり言いたくはなかったが、響樹は問いに答えを返す。


「……それで質問の答えだけど、まだだ」

「そうか」


 ホッとしたかのように息をつき、それでいてどこか残念そうに海は笑った。


「いやほら。俺と優月も付き合ってもうじき3ヶ月だろ? そろそろかなって思ってるんだけど、それで響樹に話聞いときたかった」

「なるほどな」


 響樹と吉乃は海たちよりも半月程早く交際を始めている。以前恋人の先輩と冗談めかして言われた事があるが、今日の海は実際にそのつもりだったようだ。


「力になれなくて悪いな」

「いやむしろ同じ立場で相談、ってか話させてくれ」


 これは響樹にとってもタイムリーな話題である。吉乃と約束こそしたものの、まだそれは果たされていない。それどころか、その日取りすらまるで決まっていないのだ。

 今までこういった話題を避けてきた響樹としては気恥ずかしさはある。しかし今この段階において、恋人とより深い関係になりたいという思いは海と共通するものである。自分の考えが独りよがりになってはいないか、海と話をしたいと思った。


「ああ、分かった」

「よし、さんきゅ」


 胡坐をかいた海が自身の膝を叩いて喜んだ。そんなに嬉しいかと思うが、それだけ悩んでいたのだろう。


「じゃあ早速だけど、響樹はそういう事したいんだよな」

「……いきなり過ぎだろ」

「いいだろ別に。因みに俺はしたい」

「前から言ってたもんな」


 優月と付き合う前の海がそう言っていたのを覚えている。あの時の自分には分からなかった事だが、今は分かる。

 吉乃と付き合ってから、自分はどんどん欲張りになっている。最初は考えもしなかったのに、いつの間にか彼女に触れたいという思いを自然と抱いていた。抱擁を交わし、手を繋ぎ、肩を触れ合わせて過ごし、髪にも触れさせてもらい、唇だって何度も何度も重ねた。吉乃を抱きしめながら一晩を過ごし、そして今ではその先も強く望んでいる。


「俺もそうだよ。お前と同じだ」

「だよなあ!」


 少し身を乗り出した海が、我が意を得たりと言わんばかりに「だよなだよな」と何度も大きく頷いた。


「響樹の事だから烏丸さんが大事だから高校卒業するまで手を出さないとか言うかもしれないって、ちょっと心配だんだけどな」

「俺を何だと思ってる」


 最近はこんな事ばかり言っている気がする。


「大体、大事なのと手を出さないのは全然違う話じゃないか? そりゃ体だけを求めるってのは最低だと思うけど、大事だ大事だって結婚するまで何もしないなんて無理だろ?」


 大事な相手とより深い関係になりたいという考えは、大事な相手の更に特別な人間になりたいという考えは、ごく当たり前の望みではないだろうか。そこに性欲が無いとは言わないが、それを抜きにして考えてもだ。

 互いに十六歳というのはまだ早いのかもしれないが、高校生ならダメで大学生ならいいのかと考えても、きっとそうではない。時間の経過ではなく、二人が築いた信頼こそが重要だと思うのだ。


「無理だな。死ぬ」

「死にはしないだろ」

 

 そう返したものの、海はもう一度「死ぬ」と大真面目に言う。


「だけど実際切り出すのって難しくないか?」

「……まあ、そりゃな」


 既に切り出し済みであるので、返答が少し気まずい。


「実際男女でリスクが全然違う訳だろ? だから女の側が慎重になるのは当たり前だと思うんだけどさ、誘って断られたらやっぱ辛いだろ。それにさ、俺がしたいって言って優月に無理強いさせたみたいになったらもっと嫌だし。あいつ変なとこに気を回すからな」

「前半はともかく後半は信頼関係次第じゃないか? 海と花村さんならその辺大丈夫そうだけどな」


 響樹が吉乃に話を切り出した時、断られる可能性はあると思っていた。海が言うように断られたらショックを受けただろう。だが、吉乃に無理強いしてしまう事は無いという自信があった。


「まあ、そうだよな……だけど響樹」

「ん?」

「なんかお前余裕あるよな。実はもう済ませてたりしないよな」

「……まさか」

「何だその間は」

「本当にまだだって」


 流石に海は鋭いが響樹も嘘は言っていない。これ以上は吉乃のプライバシーにも関わる問題なのだから、いくら親友と言えどここまでだ。


「あれだ。俺たちは二人とも一人暮らししてるからな。切り出すチャンスは海よりもずっと多いだろ? その分ちょっと気楽なんじゃないか、多分だけど」

「あー、それはあるよな。羨ましい、とは言ってもとても真似出来ないけど」


 実際に普通の高校生カップルに比べて時間や場所の制約は無いに等しいのだから、その点で障壁は少ないのだ。

 誤魔化しではあったが事実でもあるので、海は煙に巻かれてくれたらしい。


「場所とか考えたら、そうだな。旅行にでも誘ってみるか」

「泊まりで、って事か?」

「まあそりゃな。せっかくバイトもしたし、計画立てて誘うぞ。夏休みに」

「……今四月だぞ、お前」


 勇気を出した友人に賞賛を送りかけたが、やはり海は海だと撤回した。それにあと4ヶ月かそれ以上を待てるのだとしたら、相当に忍耐強いと思う。


「うるせー。二人きりでチャンスばっかのくせにまだ手出してない奴に言われたくないわ」


 あまりにもっともな発言で、響樹は「うるせー」とオウム返しする事しか出来なかった。

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