料理は愛情(ただし技術も相当に高い)
友人カップルが場所取りを申し出てくれたお返しも兼ねてではあるが、響樹たちは昼食の用意をしてきた。とは言っても作り手部分の多くは吉乃が担ってくれてしまったので、響樹はその手伝いと荷物運びと化した訳だが。
「吉乃の料理美味しいから楽しみにしてたんだよね」
「だよなあ。前に作ってもらったやつめっちゃ美味かったもんな」
そろそろ昼食という事で響樹が荷物から三段重を慎重に取り出すと、海と優月が目を輝かせた。気持ちは大いに分かる。
吉乃はそんな二人の反応に少し眉尻を下げながら、「ご期待に沿えるといいのですけど」と控えめな態度でいるが、不安な様子は見えない。
「絶対沿うでしょ。ってか天羽君が既に自信満々な顔してるし」
「マジだ。なんでお前がそんな顔してるんだよ」
重箱から顔を上げた優月と、それに釣られた海が響樹へと呆れが混じったような苦笑を向ける。二人の指摘にこちらを向いた吉乃は、口を少しだけ尖らせながらも僅かに喜色を滲ませていた。
「俺が一番期待してたからな」
食材のカットや下ごしらえを手伝った訳だが、「実際のお弁当を楽しみにしていてください」と吉乃からは味見を許可されなかった。だから響樹としては数時間、言葉通り本当に楽しみにしていたのだ。
だから友人カップルに向けてではなく、吉乃に向けて。そんな響樹に彼女は一瞬だけ頬を緩めるものの、優月たちの手前かわざとらしくため息をついてみせた。
「お腹いっぱいにされる前に早く食べようか」
「だな」
呆れの色を更に少しだけ濃くした向かいの二人が「早く早く」と促す中、吉乃を確認すると優しい微笑みの彼女が小さく頷くので、響樹も頷き返して重箱のふたを開ける。
「おおー」
「すげーな」
卵を使って一口サイズにまとめられたちらし寿司、桜の形にカットされた人参が目を引く煮物などの花見に合った品の他、弁当では定番の唐揚げや肉巻きなどを春の野菜で彩られており、海と優月が感嘆の声を上げる。
そんな二人の反応に対し嬉しそうに目を細める吉乃が可愛らしく、響樹は弁当についての言及は海たちに譲る事にし、シートの上でこっそりと吉乃の指先に触れた。
「ちっちゃい桜餅まである。可愛くない?」
「なあ? こっちの巾着は何入ってるんだろ」
ぴくりと反応した吉乃は、仕方ありませんねと言わんばかりに眉尻を下げ、少しだけ手を響樹の方へずらして重なる部分を増やしながら、「中身は」と海の疑問に答えていく。楽しそうな横顔に、やはり胸が温かくなる。
「早くいただきますしよう。ちょっともう無理」
という優月の言葉に海が大きく頷いて同意を示すと、吉乃が響樹に視線を向けながらはにかんだ。自分の料理を楽しみにしてくれている事を嬉しく思いながらも、反応があまりに良いので少し照れている様が可愛らしい。
そして始まった昼食であるが、いきなり「天羽君はちょっと遠慮して」「響樹は遠慮しろ」という二人の言葉に牽制された。
「大丈夫だ。流石に二人の分まで取らないから」
「えー、どうかな?」
「響樹は烏丸さんの料理を前にするとだいぶアレだからな」
吉乃の料理を前にすると少し意地汚くなるというのは、どうやら自分だけの認識ではないらしい。弁当に舌鼓を打ちながら、海と優月は胡乱な視線が飛ばしてくる。
「そうなんですか?」
「響樹は食に対してあんまこだわり無い奴だったからなあ。烏丸さんと会う前までは」
「確かに、響樹君は食べたい物のリクエストもしてくれませんし、何を出しても美味しいしか言いませんね」
「全部美味いんだから仕方ないだろ」
くすりと笑いながらこちらへと視線を向ける吉乃に、こう返す他無い。もう少し色んな褒め方をしたいとは思うが、実際に本心であるし。
「まあそれはそうだよね。吉乃なに作っても美味しいし」
「だろ?」
「そりゃそうだけど、それだけじゃないだろ」
「それだけって何だよ?」
優月の助け舟に乗った響樹だが、ちらし寿司を飲み込んだ海は軽薄な笑みを浮かべる。
「前に烏丸さんが響樹に弁当作ってた時期あったろ?」
「ありましたね」
「その弁当に美味そうだなって言ったら、コイツどうしたと思う?」
「どうしたの?」
「『絶対やらんぞ』って。くれなんて一言も言ってないのにさ、手で弁当隠して。目付きも結構怖かったぞ」
優月があははと大笑いする傍ら、「響樹君」とぽつりと口に出した吉乃がなんとも言い難い視線を向けてきている。怒ったような顔を作ってみせるものの、口元を少し緩ませる理由は喜びだと分かるし、頬を染めるのは羞恥なはずだ。
「だからまあ、美味いってだけじゃないんだろ?」
「……まあ、そうなんだろうな」
響樹だって高級店で食事をした事はあるが、そんな中でも吉乃の料理を一番美味しいと感じるのは、やはり彼女が作ってくれたという点も大きい。
「でも、それでは張り合いがありませんから。もっと注文を付けてくれていいんですよ? 響樹君がいつも美味しいと言ってくれる事はとても嬉しいですけど、私としてはリクエストもしてほしいですから」
「……ああ。今すぐには思いつかないけど、考えとく」
「はい。楽しみに待っていますね」
「こっちの台詞じゃないか?」
ふふっと笑った吉乃に尋ねると、彼女はゆっくりと首を横に振る。濡羽色の髪が流れてとても綺麗だったが、それ以上に響樹の目を奪ったのは彼女の微笑み。自分が幸せであると響樹に示す、温かな気持ちで満たされた優しい微笑みだ。
「私が響樹君に料理を作る事をどれだけ楽しんでいるか、知らないでしょう?」
そうして最後には少しいたずらっぽい表情を浮かべた吉乃を前にして、花見が終わったら書店で料理の本を買おうと心に決めた。
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