定位置と困った彼氏

 三月下旬、天気は快晴。吉乃とともに電車に揺られ、海と優月の最寄り駅に降り立ち、そこからさらにバスを使い辿り着いたのは少し大きな公園。ところどこに木々の植えられた芝生広場、その間を通る歩道、各所に備え付けられたベンチなど、海から聞いていた通り落ち着けそうな場所であるという印象を抱いた。

 ただ春の短い間だけは別のようで、加えられた彩を囲う人出は平日だという事を加味すればそれなりに多いと思える。


「場所取りをありがとうございました」

「いいよいいよ。こっちの地元に来てもらった訳だしさ」


 招かれたレジャーシートの上、軽く頭を下げた吉乃に優月が軽い調子で応じる。それに対し吉乃が少し目を細めて微笑むと、優月は「吉乃はこっちね」と手を引いて自分の隣に座らせた。


「悪いな。俺の隣で我慢してくれ」

「仕方ないな」


 軽薄な調子の海にわざとらしく肩を竦めながら応じるが、今日は元々そのつもりで来ていた。それにさほど広くないシートの上で四角になって座るのだから、距離はそれ程離れない。

 そして何より、こうして対面に座ると吉乃と桜を同時に視界に入れる事ができる。


(綺麗だな)


 白とアイボリーという普段よりも少し明るめな恰好をした吉乃と、開花間も無くまだ白みが強い桜の花びらのイメージが重なる。

 最近は隣で見る吉乃を可愛らしいと思う事が多かった。しかし、こうやって春の彩を背景にした彼女を正面から見ると、まるで絵画のモチーフのような雰囲気を感じる。風にそよいだ濡羽色の髪をそっと押さえる仕草も、落ちた花弁を一枚摘まんで微笑む様も、やはり絵になる美しさだ。


「お前花見する気ゼロだろ」


 と、海に小突かれるまで吉乃に見惚れていたらしい。向かいでは優月が吉乃をからかうようにつついており、それを受けて眉尻を下げた吉乃が響樹に恨めしげな視線を向けていた。この姿は可愛らしい方だ。


「まったくしょうがない彼氏だよね」

「……困らされていますよ。いつも」


 そう言ったくせに吉乃の顔に浮かぶのは優しい笑みで、優月は「お互い様みたいだね」と海に向けて苦笑を見せた。


「二人の雰囲気に飲まれる前にさっさとお花見モードに戻すか」

「だね……じゃあはい、乾杯の音頭を天羽君」

「なんで俺?」

「お前が誘ったんだろ?」

「まあそうだけどさ……」


 以前のダブルデートの際に任せっぱなしだった事の礼も兼ねて、海と優月を花見に誘った。本当はもう少し遠出をするつもりでいたのだが、四人の都合が合わず近場での花見である。

 そういった事情に加え、場所取りまでしてもらった手前断りづらい。以前もこんな事があったなとふと思い出すと、正面の吉乃が少し眉尻を下げて笑っていた。あの時と同じで、諦めてくださいと言わんばかりだ。


「じゃあ簡単に。天気にも陽気にも恵まれた絶好の花見日和という事で、乾杯」


 異口同音に乾杯の声が響き、四人の中心で紙コップが合わせられる。海と優月はいつも通りハイテンションであるが、吉乃も以前の時よりも感情を表に出していた。両手で丁寧にコップを指させながら、少し控えめな様子こそ覗かせるものの、嬉しい、楽しいと言った感情がしっかりと見える。

 以前の自分であれば独占欲に駆られる場面であったかもしれないし、今でもほんの少し惜しい気持ちはある。ただそれでも、吉乃が楽しんでいる姿は響樹にとって無上の喜びだ。暖かいのはきっと、春の陽気のせいだけではない。


「しかしほんと、晴れて良かったな」

「だな」


 空を見上げてしみじみと口にする海に同意を示す。実際のところ彼が春休みに単騎でアルバイトを始めたため、四人が揃う日は今日だけ。絶好の天気だったのは本当に幸いである。


「私の日頃の行いがいいからね」

「優月の日頃の行い程度で晴れてたら世界中で干ばつが起こるわ」

「なんだとー」


 ふふんと自慢げに胸を反らした優月に、海が慣れた様子で応じる。この二人は普段からこうなのだろうなと感じさせる気安いやり取りだ。


「『優月が可愛いから晴れてくれたんだよ』くらい言えば? 天羽君なら吉乃に言うよね?」

「流石の響樹でもそんな恥ずかしい事言わねーよ。なあ?」

「流石のってはなんか引っ掛かるけど、言わないな」


 いったい自分はどう思われているのか、怖くて聞けない。

「ほら見ろ」と返した海と応戦した優月が距離を詰め、そのままお互いをつつき合うようなじゃれ合いを始めた。二人とも少し頬が緩んでいて、やはりこれがいつも通りなのだと感じさせる。


「結局隣は吉乃さんになったな」


 互いに隣が空になったので、苦笑を向け合いつついつも通りの場所へ。


「ご不満ですか?」

「いや全然」


 ニコリと笑って問いかける吉乃に首を振って応じ、「ただ」と付け加える。


「正面だと吉乃さんと桜が一緒に見られたからな。凄く綺麗だったし、それが見づらくなるのはもったいないなって思うかな」

「……流石の響樹君ですね。もう、本当に困らされてばかりです」


 開花間も無い桜の花びらよりも少しだけ鮮やかに、吉乃の白い頬が色付いた。

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