欲張りな二人

 だいぶ恥を晒した自覚がある。

 見せたくも無かった姿を見せてしまい、まだ明確には言わずにおこうと思っていた本心すら吐露した。もちろんそのどちらもいずれは、なのであるが、それが今日になるとは思ってもみなかった。


「ああー……」


 得られた答えは最上のものだ。いつかは、そう思っていた未来が遠くない事が、吉乃が同じ想いでいてくれた事が、響樹をこの上なく高揚させた。

 普段とは逆に招き入れられた吉乃の胸元で、甘い香りと心地良いやわらかさに包まれ、優しく髪を撫でられながら綺麗に澄んだ声に耳をくすぐられた。至福と評してすらまるで足りない時間だった、我に返るまでは。


「あああああ」


 強烈な羞恥ともどかしさに全身をかきむしりたくなり、先ほどから息を吐いてばかり。そんな響樹の左側から、ふふっと笑う声が聞こえる。透き通るように綺麗な、少し前まで響樹を天国に留め置いた優しい声。


「可愛かったですよ。いえ、現在進行形ですね」

「嬉しくない……」


 からかいの意図が無い事は分かる。表情も、ほんのりと赤らんだ頬は少し緩んでいるが、大きな目は優しく細められている。丁寧に髪を撫でる手つきと合わさってなんともくすぐったい。


「では少し前のカッコ良かった響樹君の話に戻しますか?」

「……やめてくれ」

「では可愛い響樹君のままですね」


 またも優しくふふっと笑い、吉乃は響樹の頭を撫で続ける。それがやはり大変心地良いのだから始末に負えない。


「大体、カッコ良かったかアレ?」


 大切な宝物に触れているかのような、愛おしい物を見つめるかのような、そんな吉乃を直視できずに少し目を逸らしつつ、誤魔化しも兼ねて尋ねた。

 視界の端でくすりと小さく笑った吉乃はきっとお見通しだろう。それでも、「ええ」とよく通る静かな声で返事をする。


「先ほど言った事と重なりますけど、響樹君は大切な事を言葉と行動で私に示してくれます。そういうところ、とても素敵ですし、大好きですよ」

「……内容があんなでもか?」

「そうやって照れて誤魔化そうとするところは可愛くて、そちらも大好きですけどね」


 またもふふっと笑い、吉乃は響樹の頬を一撫でした後で優しくつねる。


「……何故?」

「恥ずかしい事を思い出させた罰です」

「理不尽な」


 視線を戻すと、僅かに唇を尖らせた吉乃の頬からはまだ温かな朱色が引いていない。むしろ先ほどまでよりもほんの少し、帯びる熱が増したような印象を受ける。

 吉乃に頬をつねられたまま、響樹の方も彼女の頬に手を伸ばすとほんのりと温かい。もちろん普段との温度の違いなどは分からないが、くすぐったそうに目を細めた吉乃が可愛らしいので、きっとその分も温かく感じたのだろう。


「大体、忘れてくれって言っても忘れないだろうに。だからまあ、なおさらカッコイイ感じで記憶に残りたいんだよ」


 頬に触れながら軽口を叩くと吉乃が少し目を見開き、まばたきを二度見せた。

 それから「もう」とほんの少し呆れたような声を小さな吐息に乗せ、手を止めて響樹の胸へと頭をの寄せる。


「カッコいい方の響樹君もしっかりと記憶に残していますから、可愛い響樹君も覚えておかないと損ですよ」


 響樹もそんな吉乃を胸元に抱き入れ、今度はこちらかそっと髪を撫でる。


「ああ言えばこう言うよな」

「違いますよ。両方見せてくれないと嫌なんです。私は欲張りになったんですよ、響樹君のおかげで」

「……なら良かったな」

「ええ。ありがとうございます、響樹君」


 胸元から離れていく重みが少し寂しくはあったが、代わりに浮かぶ吉乃の楽しそうな笑みが、彼女の言葉とともに響樹の心を満たす。

 欲張りと、言葉の聞こえは良くないが、吉乃が響樹に対し様々な事を望んでいてくれることを意味している。そして逆もまた然りなのだ。


「まあ俺も、前の自分じゃ考えられないくらい欲張りになってるよ。吉乃さんのおかげで」

「それなら良かったです。私ばかりでは不公平ですので」


 そう言って少し妖しい笑みを浮かべた吉乃がそっと、ほんの一瞬響樹と唇を触れ合わせた。


「あー、そろそろ布団入るか?」

「あ……そうですね。いつまでもこうしていて、風邪を引いても困りますし」


 ベッドの上で散々過ごしておきながら、いまだに掛布団は二人の下にある。

 二人してそんな事すら意識の外でいたのだ。


「悪いな。せっかくベッド綺麗だったのに」


 まるでホテルのようだと感じたベッドメイクは崩れてしまっている。

 身を起こしながらそんな様子を眺めて吉乃の髪を撫でると、彼女の方も起き上がってやわらかな笑みを浮かべた。


「いつもあんなに丁寧にセットしている訳ではありませんから、気にしないでください」

「そうなのか? 吉乃さんの事だから毎日あんなかと思ったけど」

「私を何だと思っているんですか」

「俺の彼女」

「そ、そういう事を聞いているんじゃありません。もうっ」


 思ってもみなかった事を急に言われたからか、目を見開いたかと思えば吉乃はすぐに顔を背けて立ち上がってしまう。


「ほら、響樹君も早くしてください。布団に入れてあげませんよ」

「それは困るな」


 緩んでいた頬を手で押さえていた響樹を見てか、振り返った吉乃の朱に染まった頬が少し膨らんだ。

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