第99話 恋人のお手本
ワンデーパスポートを購入して入場後、真っ先に並んだのは目玉のジェットコースター。
最初からそれを選択していいのかと思ったのだが、待機列の長さを見れば納得だった。響樹たちが並んだところで待ち時間はちょうど60分だという事だ。
バスの時間があるため後に回すと待ち時間を計算しづらい事もそうだが、遊び疲れた状況で並びたくはないと思える。
「そう言えばデートで遊園地来ると別れるってジンクスあるよね」
「おい。何で今そんな事言った?」
そんな待機列の最後尾から少し進んだ頃、後ろに並ぶ優月が思い出したようにけらけらと笑った。
真っ先に反応したのは海で、優月を軽く小突いている。
「それは本当なんですか?」
次に反応したのは吉乃。穏やかな笑みを浮かべたままではあるが、隣の彼女が振り返る前に一瞬表情を強ばらせたのを響樹は見逃さなかった。
一応響樹も聞いた事のあるジンクスではあるが、この待機列の中にすらカップルは数多く存在する。パッと見た限りではどの組も楽しそうにしており、とても別れる兆候などは見受けられない。
「迷信だって。まあ遊園地って待ち時間長くてその間に疲れたり話題無くなったりで雰囲気悪くなる事もあるらしいから、それが言われる原因みたいだけど」
海がまたも優月を小突きながら「変な事言って悪い」と軽く頭を下げる横で、優月がどこか嬉しそうにしていた。
ここのところ海がずっと浮かれている様子を見ていたが、意外にもお互い様なのだなと察するものがある。
「海の言う通り迷信だろ」
恐らくそのジンクスを先に言っておく事で万が一にも雰囲気が悪くならないようにという気遣いだったと思うのだが、吉乃がそれで一瞬でも不安がったのは事実。
だから響樹はその話を努めて軽く扱い、吉乃の手を取った。
「響樹君……はい」
ゲート前のあれを思えば今更恥ずかしい事など無いと掴んだ吉乃の細い手は温かく、僅かな角度で響樹を見上げる彼女の視線と少しだけ綻んだ頬と相まって少しだけ気恥ずかしさを覚えてしまう。
ただそれでも、あんなジンクスを真剣に気にしてくれるほど響樹とそうなりたくはないと思ってくれていた訳で、今の可愛らしさも込みで抱きしめたい衝動に駆られる。流石にしないが。
「大体、この二人と一緒だと話題が無くなる事より話し声が鬱陶しい事を心配しないといけないだろ?」
親指でくいっと二人を示すと、吉乃は響樹の親指とその先の二人を見比べてからぱちくりと瞬きを一度、そして口元を押さえてくすりと笑う。
「確かにそうですね」
「ひどい! 私の事鬱陶しいと思ってたんだ」
「ひどいのは変な事言ったお前だよ」
慌てたように見せた優月がそのまま吉乃に抱き着きに行こうと手を伸ばしたのを、海が呆れながら首根っこを捕まえて制し、響樹に目配せをする。恐らくは「悪いな」という意味であろう苦笑に、響樹も「気にするな」と肩を竦めながら視線を送っておいた。
そしてわざとらしく暴れるような様子を見せながら「離せー」と口にする優月に「ここで離すと響樹に怒られる」などと響樹をダシにし、海はじゃれ合いを始める。そんな姿を見て、同じように見ていた吉乃と顔を見合わせて笑い合った。
「退屈しなさそうだろ?」
「ええ。でも、響樹君と二人だけでも絶対に退屈する事はありませんよ?」
「ああ、知ってる。じゃあ、あいつら置いて二人だけでどっか行くか?」
「もう、響樹君は」
響樹としては五割本気だったのだが、吉乃は完全な冗談と受け取ったのかまたも口元を押さえてくすりと笑った。
しかしそれに少し慌てた様子を見せたのは優月。
「ちょっと天羽君、ダメだからね」
「えー」
「『えー』じゃなくて。今日は四人! 私たちの前で先輩カップルとしてたくさんお手本みせてもらうから」
「冗談だって」
肩を竦めながら前を向くと、隣の吉乃も同じように前を向き、踵を上げて響樹に顔を近付けた。そして後ろの二人には聞こえないくらいの囁くような声を耳元に届ける。
「お手本、見せてあげないといけませんね」
「適度にな」
吉乃の反応が可愛らしいと、どうしても響樹のタガも緩くなる。その瞬間は幸せではあるし、他の来場客の前ならば旅の恥はかき捨てと腹を括る事もできる。
しかし友人カップルの前で、しかも証拠写真も残されてしまうとなると恥ずかしいのだ。
「どうしましょうか?」
しかし吉乃は、少しいたずらっぽい笑みを浮かべたかと思えばそのまま響樹と腕を絡めた。
互いのコート越しであるのに、それでも吉乃の熱が伝わるような気がしたのは、きっと彼女の頬が少しだけ熱を持っていたから。
「恥ずかしいなら――」
「やめますか?」
「……わかるだろ」
「ええ」
響樹の言葉を遮ってニコリと笑いながら首を傾けた吉乃の問いに、絡めた腕ごと彼女を引き寄せる事で答えると、満足げな笑みでの首肯が待っていた。
「お手本見せてもらったけど、ちょっとまだハードル高い」
「おう……」
腕を組んだまま首だけ動かして後ろを確認してみると、照れくさそうにしながらも二人が手を繋いでいて――指は絡めていない――微笑ましかった。
吉乃も同じ事を感じたのか、優しい微笑みを湛えながら響樹を僅かに見上げ、肩に頭を預けた。
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