第98話 ダブルデート
ダブルデート当日、空模様は快晴、訪れるのは県内最大の遊園地。
直通バスの出るターミナル駅までは各自で集合という事であったが、響樹と吉乃、海と優月の恋人同士の二組は途中の電車で鉢合わせ、結局はほとんどの行程を一緒に来てそのままバスに乗った。
「やはり私たちと近い年齢層が多いですね」
「そうだな」
郊外にある大型の遊園地なので、公式HPのアクセス情報などを見ても自家用車を使っての来訪が一般的なようなのだが、高校生の響樹たちではどうしようもない。このバスに同乗者たちは同じような立場の者が多いのだろう、ファミリー層は少ない。
乗り場にいた集団の中では大学生らしき集団が目立ったのだが、吉乃がやはり注目を浴びていた。彼女を窓側に座らせたのはファインプレーだったと思っている。
「楽しみですね」
隣に座る吉乃は他人の手前表情と口調こそ穏やかにそう言うのだが、響樹から見れば到着が待ち遠しいという気配を隠せずにいる。
「吉乃さん、ちゃんと寝た?」
「……どういう意味ですか?」
自宅から目的地まで片道2時間、遊ぶ時間を確保するために平時よりも早起きではあるが、響樹が言っているのはそういう事ではない。
そして当然吉乃にも意図は伝わっているようで、彼女は少し恨めしげな視線を響樹に向けた。
「今日はせっかくだし童心に帰るのも悪くないだろ?」
「高校生に使う言葉ではないと思いますけど」
不満げな顔を解いた吉乃がくすりと笑って目を細め、「それに」と言葉を続ける。
「童心に帰るのは無理そうですね」
優しい口調でそう言い、吉乃は響樹の手を取って指を絡めた。
少し指に力を込めた吉乃がふふっと笑うので、響樹としては苦笑せざるを得ない。
「確かに」
子どものようにアトラクションだけを楽しみにはできないだろう。響樹にとってはどこへ行って何をするか、ではなく誰とが重要な訳で、その相手が恋人である吉乃なのだから。
「まあでも、眠くなったら寝てもいいぞ。着くまではもう少し時間かかるし、窓側なら寝顔も他からは見えないだろうし」
「響樹君からは見えるじゃないですか」
「俺は別に見たっていいだろ」
少し拗ねたような吉乃に冗談めかして言ってみる。一応響樹だっていくら恋人と言えどそう易々と女性の寝顔を見ていいとは思わないのだが――
「ダメ……ではないですけど、やっぱりまだ恥ずかしいですし……」
僅かに口を尖らせた吉乃は言葉通り気恥ずかしさを滲ませながら上目遣いで響樹を見つめる。
「まだ」という言葉に深い意味は無かったのだろうが、それに言及してからかうのは多分響樹の精神が持たなかったと思う。だから、「もしそうなったら見ないようにするから」とだけ言って話題を終わらせた。
「そう言えば後ろ静かだな」
「そうですね、言われてみれば」
海と優月が座っている一つ後ろの座席からいつの間にか話し声が止んでいる。
この二人が一緒にいてそんな事があるはずはないので、まさか聞き耳をたてられているのかと慌てて覗いてみれば――
「寝てる」
「え?」
少し腰を浮かせて振り返った響樹の目に映ったのは、海の肩に頭を預けて眠る優月とその横で一緒になって寝ている海だった。
吉乃も同じように後ろを振り返って覗き込み、苦笑を浮かべた。
「海だけなら写真撮っとくんだけどな」
流石に優月の寝顔を写真に残すのは気が引ける。互いに苦笑を浮かべながら吉乃と一緒に元の姿勢に戻って前を向き、響樹はポケットからスマホを取りだして軽く振ってみせた。
「帰りも私たちが前に座りましょうね」
「寝るって事か?」
「可能性の問題ですし、ああいうふうにだったら、悪くないと思います」
「まあ確かに」
「なので」
口元を押さえてくすりと笑った吉乃がぽすりと響樹の肩に頭を預けた。
「疲れて眠ってしまうくらいに、今日は楽しみましょう」
「ああ、もちろん」
◇
「早起きだったし、こっちで存分に遊ぶために英気を養ってたんだよ」
「そういう事だぞ」
バスを降りた後、優月は平然と、海は嬉しさをまるで隠せていない様子で、そんな事を言った。
「まあ、いい。それならさっさと行くか」
帰りの事もあるので時間は貴重である。響樹が入場ゲートを指差しながら歩き出そうとすると、海がそれを制してくる。
「まあ待て響樹。ダブルデートの利点を教えてやるから」
「……経験あるのか?」
「いやないけど、ほら烏丸さんとゲート前で並べって。あとスマホ貸せ、写真撮ってやるから」
なるほどと思った。確かに二組で来れば互いの写真を撮りやすい。
響樹としても吉乃と一緒の写真を残したいと思っていたし、その約束もしていた。ただ何となく機会が無くて撮れていなかったので、海の提案はありがたい。
「響樹君。せっかくですのでお願いしましょう」
「ああ、もちろん」
吉乃も同じ思いだったようで、穏やかな笑みの向こうには期待が透けて見える。
「はいはい。じゃあそこに並んでー」
海にスマホを渡すと、位置取りを促してくれたのは優月。イメージではあるがよく写真を撮っていそうで、慣れているのではないだろうかと思えた。
指示されるままに立ち位置を変える間も、吉乃は穏やかな表情は保ちつつもずっと楽しそうにしていて、「はいそこ」という優月の声にほんの一瞬顔を綻ばせた。
「はいもっとくっついて。記念撮影じゃなくてカップルの写真なんだから。天羽君腰とか抱いて」
「できるか!」
立ち位置の指示が終わると、今度はポーズの指示が飛んだ。響樹としてはある程度近い距離でピースサインでも出せばいいかと思っていたのだが、優月はそれで納得してくれないようである。
赤い入場ゲートの前、開園から間もない時間でただでさえ人通りも多い現在、更に吉乃が注目を集めているこの状況で、しかも友人の目の前で。普段でさえも難しいのに優月の指示はハードルが高すぎる。しかし――
「できないんですか?」
いたずらっぽい上目遣いを響樹に送った吉乃が僅かに口角を上げる。
隣の吉乃は響樹との距離を半歩詰め、彼女の華奢な肩が響樹の二の腕に触れた。
先ほどまでより近くにある端正な顔はもう小悪魔ではなく、恥じらいにその白い頬をかすかに染めた、愛おしい恋人の表情。
「できない訳ないだろ」
「はい」
視線を合わせながらしっかりと伝えると、吉乃は目を細めて頷く。
そんな吉乃のコートの上からでもわかる細い腰にそっと手を伸ばして触れ、少しずつ力を入れて抱き寄せると、彼女は「あ」と小さな声を上げた。
「痛くないか?」
「大丈夫、です」
今度は視線を合わせてくれず、先ほどよりも少し赤みを増した吉乃は僅かに目を伏せる。
「自分から誘ったくせに恥ずかしがるなよ」
「……その言い方は心外ですし、響樹君も少し顔が赤いですよ」
口を尖らせてた吉乃の僅かに潤んだ瞳が響樹を見据え、そうして彼女は嬉しそうにそんな指摘をする。
響樹としても自覚はあり、「知ってるよ」と吉乃を更に近くへと抱き寄せた。一瞬驚いたように小さく「きゃっ」と口にした彼女は、それに対して恥ずかしがる様子を見せながらも、意趣返しと言わんばかりに両腕で響樹に抱き着く。
「おーいお二人さん。写真撮りたいんだけど、そろそろいいか?」
「私たちも撮ってほしいし」
呆れ顔の友人とその恋人の声で我に返って、「頼む」「お願いします」と言うのが精いっぱいだった。
撮ってもらった写真を確認すると、客観的に見て中々恥ずかしいものが写っていた。
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