第88話 制服デート②

 ひとまず来客用のシンプルな食器をカゴに入れ、次に吉乃が使う物を探そうと思っていたのだが、彼女は既に目星をつけていたらしい。


「これにします」


 はにかんだ吉乃が手に取った茶碗の配色は白と薄紅を基調としていたが、デザインは響樹が使っている物と似ているような気がした。彼女の照れた様子と合わせて考えれば、きっとそういう事なのだろう。


「どうせならあっちの買わないか?」


 そう言って響樹が指差したのはペア食器のコーナー。

 両親が使っていたペアの食器は所謂夫婦茶碗といった物から、お椀、箸、湯呑にカップやグラスなど、本当に多岐にわたる。


 まさか自分がそんな物に手を出す日が来るとは思ってもみなかったが、吉乃の手の中にある響樹の物よりも少し小さな茶碗を目にしたら、自然とそんな言葉が口を衝く。

 しかし、響樹の指先につられて視線を向けた吉乃が目を丸くしているのを見て、少し恥ずかしさがこみ上げた。


「半分は俺のになる訳だし、折半って事で」


 照れ隠しで付け加えた言葉に吉乃は最初こそ嬉しそうに顔を覗かせたものの、その後で少し眉尻を下げた。


「ですけど、響樹君の物はもうある訳ですから、余計な出費になるのではありませんか?」

「長く使うつもりでいるから割れば大した出費じゃない。まあ、吉乃さんが良ければだけど」

「そういう事でしたら、はい。私もあちらにある物の方がいいです」


 少なくともあと2年と少しの高校生活の間はお世話になる食器だと思っている。その後についても物を変えるかもしれないが、やはり同じ用途の物を使っていきたい。

 そんな意図が伝わったのだろう、顔を綻ばせた吉乃に「決まりだな」と笑いかけ、目的のコーナーに足を運ぶ。


(意外と高いな)


 こちらもピンからキリまでといった値段であるが、当然夫婦での使用を想定されているのだろう、食器一式のセットなどは比較的安い物でも手を出すには厳しい価格だ。

 吉乃とお揃いで一式揃えてしまうつもりだったが、今日のところは茶碗とお椀と箸のセットを買うのが精一杯になりそうだ。


 両親からもらっている仕送りに余裕はあるので一応出せなくはないが、吉乃が言ったように高校生の立場でそれほど無理をする必要は無いと思えた。ちゃんとした物は将来自分で稼いで買えばいいのだ。

 そんな事を考えながら食器から隣の吉乃に視線を移すと、陳列された商品を真剣な目で見比べていた彼女がしばらくして響樹に顔を向けた。


「響樹君はどれがいいですか?」

「吉乃さんが選んだので……選んだのいい」


 響樹としては重要なのは吉乃とペアの物を揃える事なので、デザインに関しては彼女の好みに任せたいところである。

 吉乃は部屋や服装などでもそうだが、彼女なりのこだわりを持っているタイプの人間であるし、それは響樹から見ても吉乃らしさを感じられて好ましい。そういった面からもやはり彼女に任せたい。


「わかりました。後で文句は受け付けませんよ?」


 そんな響樹の意図を汲んでくれたのだろう、くすりと笑い楽しそうに響樹に上目遣いの視線を送った吉乃に「ああ」と頷き価格帯だけを伝えると、「はい」と優しく微笑んだ彼女は食器選びに意識を戻したようだった。



 マグカップや湯呑なども安い物ではあるが同一の品を二つセットでカゴに入れて会計を済ませた後、次に向かったのは家具売り場。


「こういうとこ来ると買うつもり無かった物も欲しくなるよな」

「わかりますけど、出費がかさみますよ。今日は荷物が多いのでその点では助かりますね」

「確かに」


 吉乃が使うクッションを買いに来たのだが、収納ケースや小さなラックなどのあれば何かの役に立ちそうな品についつい目が行く。

 吉乃が言う通り、それなりに重い食器類と通学鞄を持っていなければ何かに手を出してしまったかもしれない。


「やっぱりクッションは黒いの買うのか?」

「どうしましょうか? 響樹君の好みも聞きたいですから、実物を見てからですね」

「俺の? 吉乃さんが使う物だし、好みで選べばいいんじゃないか?」

「響樹君の部屋に置かせてもらう訳ですからね」

「そういう事か。と言っても吉乃さんが選ぶ物なら大丈夫だろ」

「ではピンク色でハート型のクッションでも買いましょうか」


 そう言っていたずらっぽい笑みを浮かべながら響樹に視線を向けた吉乃、そんな彼女が言ったようなクッションを使っている姿を想像してみる。あまりしそうにないが、胸元に抱いる姿などは大変可愛いだろう。と言うよりも想像しただけで可愛い。


「いいな、それも買おうか。吉乃さんに使ってほしい」

「いえ、冗談ですよ?」

「俺のは冗談じゃない」


 おずおずと上目遣いの視線を向ける吉乃と反対に、響樹はきっぱりと首を横に振ってみせた。


「予算の問題もありますし、普通のクッションに――」

「ハート型は俺が買うから、吉乃さんは普通の買えばいい」

「響樹君の部屋にそんな物を置く訳には――」

「俺はありだと思う」


 基本的にモノトーンカラーを好む吉乃だ。彼女としてはピンク色、しかもハート型のクッションを使う自分などは恥ずかしくてたまらないのだろう、顔には熱を集めている。

 響樹をからかうための発言ではあったのだが、吉乃からすれば失言だったに違いない。確かに普段のイメージにはそぐわないが、響樹としてはだからこそ見たいと思うのだ。


「ってか俺が俺の金で買うから吉乃さんに許可取る必要無いな。早く売り場行こう」


 そう言って吉乃の手を取ると、朱に染まった顔の上から、彼女の恨めしげな視線がまっすぐに響樹を射抜いていた。

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