第87話 制服デート①
付き合い始める前から吉乃は響樹の家に来ていたし、彼女の一人分であれば響樹の物を除いても食器類の用意はある。
しかし明日は海と優月を響樹の家に招く事になっている。料理を作ってもてなす訳ではなくピザを取ることになっているが、一応という事で買い物に出るつもりでいた。
そこで、響樹の部屋で料理をしてくれる事も多い吉乃にどんな物があると便利かと尋ねてみたところ、彼女は「では一緒に買い物に行きましょう」と嬉しそうに口にした。
「せっかくですので、制服で出かけませんか?」
「まあ、雑貨の買い物に出るなら学校帰りにそのままの方が楽だな」
駅方向に行くのであれば一度家に帰るのも面倒だと思っての発言だったのだが、吉乃はご不満のようで「響樹君はわかっていません」と頬を膨らませていた。これが3日前の話。
そして今、昼食を終えて吉乃と一緒にファミレスを後にしてあの発言の意味がわかった。
土曜の昼時のファミレスは混んでいる。家族連れや私服のグループなどがほとんどではあったが高校生と思しき制服姿も何組かあり、その中には男女のペアも存在している。
「制服デートか」
「……今更気付きますか?」
距離感からして恋人だとわかる二人を窓越しに眺めて呟き、隣の吉乃の手を握った。
吉乃は握られた手にきゅっと力を入れた後、恨めしげに響樹を見上げて口を尖らせ、そして少し眉尻を下げて笑う。
「高校を卒業してしまってからではできませんからね」
「できなくは……まあ外で着るのはキツイな」
「でしょう?」
吉乃が得意げに笑い頷いた。高校生同士の交際なのだから制服で出かけてみたい、これもきっと彼女が求めるらしさの一つなのだろう。そう思うと微笑ましい。
それに加えてまだずっと先だと思っていた高校卒業後について、吉乃が思いを馳せるような事を口にするので頬が弛む。
「しかしまあ、せっかくの制服デートが海たちに使わせる食器の買い出しってのもなんだな」
「二人が聞いたら怒りますよ?」
何となくむず痒く照れ隠し兼会話の繋ぎを口にした響樹に、吉乃はくすりと笑って口元を押さえた。
「だからまあ、吉乃さんの食器とかも買おう」
「私の?」
これは食器を買い足そうと思った際に一緒に考えた事。
せっかく今日吉乃が一緒に来てくれて、しかも制服デートを意識してくれているのだからと思い切って口にしてみた。マフラーで口元を隠しはしたが。
「俺の部屋によく来てくれるだろ? だから、海とか他の奴にも使わせる物じゃなくて、吉乃さん専用の物を置いときたい。食器に限らず、色々」
「響樹君……はい。お言葉に甘えさせていただきます」
頬を染めた吉乃響樹を見つめ、丸くした目を細めて顔を綻ばせる。
繋いだ手を少し大きく振り、楽しそうにふふっと笑い、吉乃はそんなふうにして喜びを響樹に示した。
「それでしたら、私の部屋にも響樹君の物を置きませんか?」
「邪魔にならないなら、そうさせてもらえると嬉しい」
「邪魔だなんて言うはずありませんよ、もう」
ほんの少しだけ眉尻を下げた吉乃が口を僅かに尖らせながら、それでも優しい視線を響樹に向けた。響樹の照れ隠しに対し、「響樹君はしょうがないですね」と言われたような気分だ。
自分の部屋に吉乃専用の物を置きたいと思ってはいたが逆は一切考えておらず、彼女の提案が嬉しく、思った以上に気恥ずかしいのは事実。吉乃はそれにも当然気付いているのだろう、優しく、嬉しそうに微笑んでいる。
「俺の家はソファー無いし、座椅子とか要るか?」
「いえ、大丈夫です。それに座椅子を買ったら持ち帰りが大変ですよ。食器も買わなければいけませんし」
響樹が「確かに」と頷くと、吉乃はくすりと笑いながら「でも」と口を開く。
「クッションが一つあると嬉しいです」
「了解。他には何かあるか?」
「今日全てを買ってしまわなくても……いえ、むしろまたこうやって出かける楽しみができますから、少しは残しておきませんか?」
上目遣いの吉乃が小さく首を傾げる仕草が可愛らしく、響樹は「ああ」と大きく頷いてみせた。
◇
「客なんて滅多に来ないし来たとしてもほとんど海だろうから、そこまでいいの買わなくてもいいよな?」
駅前のショッピングモールの食器売り場には流石に制服デートの高校生は他にいるはずもない。店内という事で手こそ繋いでいないが、そんな状況でも元々人目を引く吉乃という事もあり響樹たちは目立っている。
そんな中で吉乃の提案で大皿と小皿を見ているのだが、値段はピンキリ。もちろんピンの方を買うつもりはあまり無いが。
「その言い方はどうかと思いますけど、高校生の一人暮らしの部屋な訳ですからね。変に高級な物を揃える必要はないと思います」
「吉乃さんの部屋の食器結構いい物じゃなかったか?」
苦笑の吉乃に尋ね返す。
吉乃の部屋で使わせてもらった食器は、基本的にどれもシンプルなデザインながら安っぽさはなく、一般レベルでは裕福な方にある実家にいた頃に使っていた物よりも質がいいと思えた。
食器に限らずその他の家具も値が張りそうではあったし、吉乃の部屋自体が一般的な高校生の一人暮らしからかけ離れているのだから、食器に違和感は覚えなかったのだが。
「そうですね」
ほんの少しだけ眉尻を下げ吉乃は、特に気にした様子も無く言葉を続ける。
「私の部屋の家具や食器などの生活雑貨は、引っ越し前に手配してもらった物ですから」
聞くべきでなかったと反省をしたが既に遅い。しかし吉乃はそんな響樹の心情などお見通しとでも言いたげにふふっと笑う。
「手配してくれたのは父の部下の方です。物件探しから契約、名義はもちろん父ですけど。それに引っ越しの手配までお世話になりました。その他にも高校受験関連でもそうですし、今後大学受験の際にもお世話になると思います。父がああですので」
敢えて明るく話してくすりと笑った吉乃。言外に気にしなくていい、気にしてほしくないと伝えてくれているのだと思った。せっかくのデートなのだから楽しみましょうと、そう言ってくれているのだと。
いずれ踏み込むかもしれない問題だとしても今はまだ。だから響樹としては今一番言わなければならない事を口にする。
「因みにだけど、男の人か?」
自分では間違いなく力になれない部分で頼りになる大人の男の存在など、嫉妬や焦燥を覚えずにはいられない。
ただそれを露わにするのはあまりに格好悪いと思い、できる限り隠してみたつもりだが上手くいかなかったようである。吉乃は驚いたように響樹の顔を見つめ、その後で破顔した。
「女性ですから安心してください」
「……そうか」
安堵の息はなんとか堪えたものの、吉乃は「そうですか」と嬉しそうに頬を緩めたまま。その姿は大変に可愛らしいのだが――
「響樹君は嫉妬してくれたんですね」
「この間言ったろ? 俺は意外と独占欲が強いんだよ」
まだ少し弛んではいるが、小悪魔の笑みを浮かべた吉乃がふふっと笑いながら響樹の手を取った。
「店内ですからずっとはこうしていられませんけど、しばらくはこうしていてあげますね」
「……それはどうも」
手に少しだけ力を込めて握り返すと、吉乃は「どういたしまして」と可愛らしくしなを作るように首を傾けた。
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