第85話 独占欲と嫉妬心
「凄い目立ってるな」
「そうですね」
突き刺さる視線を感じながら教室前の廊下、階段、昇降口、校門と、吉乃と並んで歩く。
人から見られる事に慣れている面もあるのだろうが、穏やかな笑みを保ち続ける吉乃は宣言通り現状を楽しんでいる。
「しばらくは図書室に行けそうにないな」
「落ち着けそうにありませんし、それだけは不満ですね」
元々目立っていた吉乃が更に、そして元は目立っていなかったはずの響樹も相当に注目を浴びている現状、図書室の奥とは言え誰かに見つかる可能性もある。そうなってしまえば二人だけの勉強会ともいかなくなるかもしれない。
そんな響樹に同調するように、学校の敷地外に出て少し歩いた所という事もあって吉乃は言葉通りほんの少し不満げな様子を見せを。
「それじゃあしばらくは俺の部屋でどうだ? ちょうど通り道だし、吉乃さんが嫌じゃなければ――」
「嫌だと言うと思いますか?」
「いや」
ニコリと笑いながら首を傾げた吉乃に首を振って答えれば、彼女は「はい」と優しく目を細めて笑った。
「お邪魔してばかりでは悪いですので、私の部屋と交互でどうですか?」
「ああ、もちろん」
「それではしばらくは夕食も一緒ですね。図書室に戻れなくなりそうです」
ふふっと笑った吉乃の眉尻は少し下がっていた。
「図書室で一緒の時間、結構好きなんだよなあ俺」
「私もです。いえ、当時の私はわかっていませんでしたけど、きっと大好きだったんです。響樹君と一緒に過ごすあの時間が」
目を細めて懐かしむ吉乃に響樹も頷く。
吉乃への好意を自覚していなかった頃も、響樹は彼女と過ごす静かな空間と静かな時間が好きだった。
「だからまあ、割合は今後話すとしても、時々は図書室も使いたいな」
「ええ。色んな楽しみ方ができますね」
「ああ」
それはきっと楽しいだろうと、吉乃の表情と同じように響樹もそう思った。
◇
「二組の方はどうだった? 女子に囲まれたって聞いてたけど」
「質問を受けたくらいですね。いつから付き合い始めたかといった事や馴れ初めなどの」
話題は移って今日の事、響樹が散々クラスメイトにいじられた話を楽しそうに聞いていた吉乃に水を向けると、表情はそのままに何でもないような事のように彼女は話す。
「女子からあれだけ熱心に話しかけられたのは初めてです」
眉尻を下げて口元を押さえた吉乃は、苦笑ではあるがどこか嬉しそうに見えた。男子には熱心に話しかけられるのだなと、覚えた小さな嫉妬心はそんな彼女の表情で霧散してしまう。
「良かったな」
「ええ」
目を細めた吉乃は優しく笑いながら頷き、そっと響樹の手を取った。昼間なので手袋をしておらず、吉乃の手のやわらかさと温かさがそのまま伝わる。
思わず周囲を見渡してしまった響樹を見つめた吉乃がくすりと笑い、握った手にきゅっと少しだけ力を込めた。
「……まだ見られるかもしれないぞ」
「構いませんよ」
朝であればまだ生徒に見つかるかもしれない場所という事もありつい照れ隠しを口にした響樹だったが、吉乃は優しく微笑んで見せた後で小悪魔の笑みを浮かべる。
「それに、こうしてあげないと響樹君が拗ねてしまっても困りますから」
「……さっきの言い方わざとか」
「ええ。こうでも言わないと響樹君は嫉妬をしてくれませんからね。たまにはいいじゃないですか」
軽く睨んでみたところ、吉乃は受け流すように自慢げに笑い、そうして口を尖らせた。
確かに吉乃は響樹がモテては困ると、可愛らしい嫉妬心を露わにしてくれていたと思う。それに対し響樹も彼女がモテるから心配だというような事は返したが、吉乃はそれを嫉妬心だとは思わなかったのだろう。
「いや、俺結構嫉妬って言うか、独占欲強いと思うぞ。吉乃さんと付き合ってからは何度も自覚してるし」
フリーの左手でマフラーを少し持ち上げてそう伝えると、吉乃は「え」と目を丸くした。
「初詣の時に吉乃さんが身を清めてるとこすげー綺麗で他の奴に見せたくなかったし。ちゃんと俺の彼女だってアピールしときたかったのだって、吉乃さんが誰かに言い寄られるの嫌だったからってのも大きいし」
「そういう事は、できればもっとわかりやすく……」
言葉を濁しながら、吉乃もフリーの右手でマフラーを持ち上げ、僅かに染まった頬の下半分を隠す。
視線はそのまま、少しだけ潤みを帯びてはいるがずっと上目遣いでずっと響樹に向いている。
「でも、響樹君はそんなふうに思ってくれていたんですね」
「……ああ。だけど、別に男子と話すなとかオシャレするなとかそういう意味じゃないからな」
高校生活だけでなく、社会の中で生きているのであれば異性と接する機会などいくらでもあるのだし、吉乃ほどの美貌の持ち主が人目を引かない事もあり得ない。
独占欲はもちろんある。美しく可愛らしい姿を他の男に見られるのは嫌だし、言い寄られる場面など想像するだけで腹立たしい。
だがそれで吉乃を縛ってしまっては恋人失格だ。
「前に吉乃さんが言ってくれた事と同じだ」
「私が言った事?」
「ああ」
首を傾げた吉乃に強く頷き、響樹は口元のマフラーを下ろした。
「吉乃さんの魅力は俺が一番わかってるし、新しい魅力が増えれば俺が一番最初に見つける」
「ええ」
同じように口元を露わにした吉乃は、目を細めて優しく微笑み、しっかりと頷いた。
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