第84話 青春野郎
告白はどちらからか? いつか? どこかデートに行ったか? 海が加わってからも女子たちは勢いを緩める事なく響樹を質問攻めにした。
この辺りの無難な質問にはやはり無難な回答を返していたのだが、響樹にとっては幸い、彼女たちにとっては残念と思われる事に、HR前の予鈴が響く。
「じゃあまた今度って事で」
そう言って去って行く女子たちの後に残されたのは響樹と海。
海は最初とは違い優しくポンと響樹の肩に手を置き、「お疲れ。俺にはもっと詳しく話せよ」と笑い自席に戻って行った。
その後やって来た担任はまず年始の挨拶から入り、今日のスケジュール説明、時節柄受験に関する話などをした後で、「新年だからって浮かれるなよ」とクラス全体を見回しながら口にした。
何故か響樹の方を向いていた時間は長かったように思うが、漏れ聞こえた笑い声が錯覚で無い事を証明してくれている。
予想はしていたが、また吉乃の噂が職員室にまで届いているらしい。
担任はそれを知って二学期の終業式の日のように笑いに変えてくれたのだろうと判断し、響樹は心の中で感謝を告げておいた。
そのおかげかHR後、体育館で行われる始業式に向かう途中ではクラスの男子からの当たりがやわらかかった。「後で話聞かせろよ」と、割と気安い雰囲気を醸し出しながら、何度か肩を叩かれた。因みにその力は強かったので少し肩が痛い。
「有名人の響樹としては移動がクラスごとで良かったな」
「有名なのは俺じゃなくて吉乃さんだろ」
ようやく周囲が落ち着いて、殴られた肩を擦っていた響樹の様子に少し苦笑を見せながら海が隣に並んだ。
「お前も十分有名だよ。試験で流血して、あの烏丸さん抑えて一位とっただけでもだいぶ知名度上がったけど。その後烏丸さんと一緒に登校、んで冬休み明けたら付き合ってました、だからな。派手だろ」
「……まあ」
「十二月からこっちで考えると烏丸さんよりお前の方がずっと目立ってるぞ」
交友関係の狭い響樹――と吉乃――は知る由も無かった事なのだが、海が言うには冬休み中も二人の噂はそれなりに広まっていたらしい。
そういう下地があったところに今日の交際宣言なので、拡散速度がだいぶ速かったようだ。
響樹としては吉乃との交際を隠さないと決めた時点で噂の中心になる事を覚悟していたので、広まり方に驚きはしたが手っ取り早くていいと思っている。
ただ気になるのは――
「花村さんから二組の事聞いてるか?」
「ん? ああ、烏丸さんの方は女子に質問されてたみたいだけど普通に捌いてたってさ。男子は声かけられなかったって」
「そうか。吉乃さんの方が問題無いならいい」
吉乃だって覚悟はしていたはずだし、彼女ならば響樹よりも無難に受け答えをするだろうと思っていた。思っていたがやはり心配になってしまうのは、やはりこれが恋愛感情というものなのだろう。
以前の自分では考えられなかった思考に苦笑が漏れる。
「お前さあ……」
そんな響樹にため息をついて呆れ顔になった海はそこで言葉を切った。
そして別に小声で話していた訳ではないので内容が聞こえたのだろう、周囲のクラスメイトたちは「天羽ってナチュラルにそういう事言う奴だったんだな」と驚きを見せている。
「そういう事?」
「お前が青春野郎だって事だよ」
「どこがだよ」
「ほとんど全部だアホ」
言い返そうと思ったのだが、周囲で首肯のシンクロが起こっていたので黙らざるを得なかった。
◇
始業式の間もひしひしと視線は感じたものの、当然話しかけられる事も無く無事に終わる。
そしてその後のLHRまでには少し時間が空く。
「さて響樹。覚悟はいいな」
「なんのだよ」
とぼけてみたが海が先鋒となった男女入り乱れた集団は、担任が来るまで響樹を逃しはしないだろうとわかる。
「ファミレスの時とかボウリングの時とかのお前らの恥ずかしい言動を代わりに言ってもよければこの場は見逃してやるけど?」
「……何が聞きたいんだよ?」
自分の事だけでも勘弁してほしいが、吉乃が絡むとなると口にさせる訳にはいかない。そもそも彼女の恥ずかしい言動に思い当たる節は無いが、それでもだ。
「どっちかと言うと今の話聞きたいんだけど」
「それは却下だ」
「まあその分他の話を面白おかしく聞くって事で」
最初に余計な事を言った海だが、これは恐らく彼なりにクラスメイトをコントロールしてくれているのだろうと思った。
クラスメイトとも響樹ともうまくやれる海が間に入ってくれるという事は響樹にとって頼もしい。
「あ、でもそうだな一つ。こいつ多分年越しの瞬間烏丸さんと電話してたぞ。あけおめの返事遅かったし」
心中でしかけた海への感謝を撤回した瞬間である。
「お前天羽さあ、恋愛に興味ありませんみたいな顔しといて」
「年末って付き合って2日目だろ? いきなりすげーイチャついてんじゃん死ね」
「天羽君てちょっと怖いって思ってたけど、なんて言うかロマンチスト?」
「ねー」
男女ともに方向は少し違うがヒートアップを見せる。
そんなクラスメイトたちをひとまず宥め、海は「じゃあ質問タイム行くか?」と軽薄に笑った。
「海……」
「早めにいじられとけって。腫物みたいになるよりよっぽどいいぞ」
「……まあ、そうかもだけど」
少し恨みを込めた視線を送ってみたが、軽い笑みとともに返って来た答えは理に適っているような気がした。
吉乃はこれから交友を広げようと思っているし、それならば響樹との交際について触れづらくなってしまえば障害にもなるだろう。それは避けたい。
だからまあ、ある程度オープンにしてしまえというのもわからないではない。気恥ずかしいが、一理あるのだ。
「はい、質問いい?」
「おう、どうぞ」
「何でお前が許可出すんだよ……」
そんな具合で海が主導権を握ったまま質問タイムが始まったのだが、告白の言葉は? という質問一つだけでその時間は終わってしまった。
ただその一つで響樹抜きで盛り上がったり、ただその一つで散々響樹をいじり回したりしている内に、響樹にとっての救いである担任が少し早めに現れたから。何となく、敢えて早く来てくれた気がした。
◇
三学期の予定を中心に説明を受けたLHRが終われば後は帰るだけ。なのだが、響樹はまた囲まれた。
しかし質問攻めに遭う事はなかった。
「天羽。烏丸さん来てるぞ」
そう言われてドアに目をやると、穏やかな微笑みを湛えた吉乃が綺麗な姿勢で立っていた。
きっと誰もがいつもの吉乃だと思った事だろう。だが響樹には彼女の照れと、それを上回る喜びをその表情から読み取れる。
「響樹君と一緒に帰れたらと思ってお迎えに来ましたけど、お話があるようでしたら待っていてもいいですか?」
穏やかな口調でそう告げ、吉乃はほんの少し首を傾げた。完全無欠の美少女の外面は一切崩さず、それでいて響樹にだけ可愛らしさが伝わる。
周囲の男子連中は息を飲み、女子たちは小さめではあるが黄色い声を上げる。「マジで付き合ってるんだな……」「響樹君、だって」「ほんとに呼ぶんだ」「可愛い」などなど。
吉乃はそんな様子を受けてほんの少しはにかむ姿を見せ、それがまた周囲の盛り上がりに火を着ける。
(今のはわざとだな)
吉乃のアピールなのだと響樹にはわかる。
だから、響樹がする事は彼女である吉乃を優先する事だ。しっかりと、恋人である吉乃を大切にする姿を、吉乃自身に対して見せなければいけない。
「いや、話終わったから。帰れる」
クラスメイトたちに軽く手を挙げて鞄を持つと、意外にも彼らは響樹の後押しをする。
「そうそう。もう終わった」
「悪いね、彼氏借りて」
「ほら、烏丸さん待たせるな」
扱いの違いをこれでもかと見せつけられて釈然とはしなかったが、響樹は一応「さんきゅ」とだけ伝えて吉乃の元へと歩いた。
穏やかな笑みを浮かべたまま、響樹にだけわかる喜色を滲ませた吉乃の元に。
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