第81話 大事な話
「そろそろ大事な事を話し合っとかないといけない」
「ですね」
冬休み最後の日も、響樹は当然のように吉乃の家で夕食をごちそうになった。
ここのところ頼みこんでさせてもらっている片付けを終え、ソファーで待っている吉乃の隣に腰を下ろして口を開くと、彼女の方もわかっていたらしくこくりと頷いた。
「明日どうするか、ですよね?」
「ああ」
明日から始まる三学期。それ自体は別に大した事では無いし、明日はそもそも授業が無いので半日しか学校にいない。
問題は響樹と吉乃が恋人となった事実をどうするかだ。もちろん大っぴらに喧伝などはしないが、隠すか隠さないか。響樹個人としての希望はあるが、吉乃の意思を尊重したいと思っている。
「私は、響樹君に従いますよ? 響樹君が私との交際を隠して他の女子と遊びたいのであれば涙を飲みます」
「おい」
わざとらしく押さえた目元からちらちらと上目遣いの視線が向いていて、頬は綻んでいる。
冗談めかしてこそいるが、吉乃の希望も響樹と同じらしい。
「じゃあ、隠さないって事でいいか?」
「ええ。隠すという選択肢はありません」
「そこまでか?」
「そこまでです」
ニコリと笑った吉乃に尋ねてみると、彼女は自慢げに胸を張る。
「しっかりと恋人がいる事をアピールしておかないと、響樹君に言い寄る人がいても困りますので」
「そのまんま俺の台詞なんだけどな。しかもこっちの方がよっぽど心配だ」
どうも吉乃は響樹が女子に人気があると勘違いしているが、逆に彼女の方は事実として男子に絶大な人気を誇っている。
以前はまあそうだろうな可愛いし、程度にしか思っていなかったが今はもうそれだけでは済まない。
「心配なんて要りませんよ」
吉乃が苦笑するような心配とは少し違う。誰かに靡くとは一切思っていないが、それでも以前のように彼女が言い寄られている事など想像するだけで腹立たしいし、吉乃にとっても無駄な時間と労力を使わせるだけ。
響樹と付き合っている事を公にしてしまえばそれを多少は防げるだろう。
「彼女の心配するなってのも無理な話だろ」
「……そうですね。ありがとうございます」
自分自身にも思い当たる事があるのだろう、吉乃が苦笑しながら軽く頭を下げた。
「で、隠さないって言っても、流石に俺たち付き合ってますとアピールするのもあれだよな」
「わざわざそんな事をしなくても、聞かれた事に答えておけば朝の内に噂が出回りますよ」
今度の苦笑は経験から来る諦めが混じっているかのようで、今までの吉乃の苦労が偲ばれる。
嫌な事を思い出させたかと考えたが、吉乃が響樹の前で感情を隠さずに出してくれたので、謝罪はせずに「流石」とだけ伝えて髪を撫でた。
「明日早々に俺が吉乃さんの彼氏だって事実が広まる訳だ」
「響樹君……」
「ちゃんと俺が吉乃さんに相応しい奴だって証明し続けるつもりだし、何の問題も無いな」
噂が出回れば、二学期の終業式の比ではない事態が起こるだろう。面倒な事だと思うが、それでも隠しておこうなどとはまるで思わないのは、響樹にとってはこの場所を誰にも譲るつもりは無いという決意表明の意味もある。
だから強くそう言い切り、右隣の吉乃、その首の後ろに腕を通して右側の頭を撫でていると、彼女がゆっくりと体を倒し手響樹に預けた。甘い匂いがふわりと香る。
「相応しいとか、そういう事では無く、私は響樹君でないと嫌です」
「ああ。ありがとう」
どこか拗ねたように目を伏せた吉乃はそのまま響樹の胸に頭を預けるように寄りかかるので、響樹も体を少し起こしてそれを受け止める。そうして、髪を撫でていた手を背中に回しそのまま彼女を抱き寄せた。
◇
「そう言えば付き合った事、明日になる前に海にも言っといていいか?」
右胸とは言え鼓動が聞こえてしまわないかと不安になり、響樹は吉乃をゆっくりと起こした。
できれば直接会って伝えたかったが年始はその機会が無かった。それならば少なくとも明日噂になる間には伝えておくべきだと思う。
「そうですね。優月さんには心配もかけましたし、私も伝えておきたいです」
「心配?」
顔を起こした吉乃に拗ねた様子は無く、くすりと笑って響樹から離れていった。
「ええ。私が響樹君に好意を持っている事に気付いていましたからね」
「え、そうなのか?」
「そうですよ」
少し呆れたように笑う吉乃は「島原君も多分気付いていましたよ?」と続けた。
「マジで?」
「マジです。むしろ響樹君が気付いてくれなくて驚いたくらいです」
吉乃は「鈍感なんですから」と拗ねたように尖らせた口から言葉を出し、響樹を上目遣いで可愛らしく睨んでみせた。
「すみません。意地の悪い事を言いましたね」
しばらくそんな視線を向けていた吉乃はふっと息を吐いて表情を崩した。
「響樹君に事情があるのはわかっていましたから、気にしないでください。片想いも悪くなかったです。今には負けますけど、あの頃も毎日ドキドキして、楽しかったです」
懐かしむように目を細めた吉乃が言葉通り楽しそうな笑みを浮かべ、そっと響樹の手を握った。
「片想いじゃない。その頃にはもう、俺も吉乃さんの事が……いや、もっと前からだな。だいぶ気付くのには遅れたけど」
「気付いてくれたのがあの日だったんですね」
「ああ」
「驚きましたよ、あの時は」
ふふっと笑う吉乃は、確かにあの時目を丸くしていた。
今思い出してもだいぶ唐突な告白であったし、吉乃からすれば予想外だったのだろう。
「私はもっと時間をかけるつもりでいましたから。バレンタインの辺りで告白ができたらと思っていましたし」
「だいぶ先だな」
「相手の方が鈍感でしたから」
吉乃が小悪魔の笑みを向けるので、その相手の方としては少し気まずい。
「さ、海と花村さんに連絡するか。遅くなっても悪いし」
「そうですね」
くすりと笑って見逃してくれた吉乃がテーブルに置いてあったスマホに手を伸ばす。
その嬉しそうな横顔に、半ば勢いのような告白ではあったが、素直に思いを伝って良かったと、改めて思った。
その後メッセージを送っておいた海から電話がかかってきて色々と尋ねられたのだが、結局は『明日聞くから覚悟しておけ』だそうだ。
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