第59話 息が合う
「じゃあチーム分けは私と吉乃と、それ以外ね」
「待て。二つ待て」
「え、何?」
「それ以外って何だそれ以外って。あとチーム分けは男女で分けるとハンデ分が面倒だから普通に混成で分けろ」
ボウリング場に到着して諸々を済ませ、あとはゲームを始めるという段階になって海と優月がじゃれ合いを始めた。
「それ以外」の方はともかくとして、個人差があるとは言え男女で筋力が違う以上海の言う事に理があるので、単純に二人は普段からこんな感じなのだろうと響樹は納得した。その証拠に海は楽しそうに見えるし、優月もそうだ。
「息が合っていますね」
「あれは息が合ってるって言うのか?」
何度も何度も優月に抱き着かれそうになっていた吉乃がいつの間にか響樹の横にポジションを変えていて、優しい目を二人に向けていた。
「私と響樹君も、あんなふうに見えるんでしょうか?」
「そうだな……」
隣の吉乃がちらりと窺うように上目遣いの視線を向けてくる。
響樹としては自分と吉乃は性格や感覚的には近い人間だと思っているので、答えは決まっている。彼女の方も少しだけ落ち着かない様子を見せるので、その答えを望んでいるような気がした。
「あれとはちょっと違うけど、俺と吉乃さんも息は合ってると思う。普段のやり取りとかも結構合うし」
「はい。私もそう思います」
少しだけ首を傾け、吉乃はやわらかな笑みを浮かべた。
正解の選択を選べてホッとしながらも、響樹の心拍は高まる。
「思えば初めて話をした日からそうだったような気もしますね。お互いに負けず嫌いで、だからどこか波長が合うようなところがあって、今こうしていられるのかもしれません」
ふふっと笑いながら懐かしむように目を細め、吉乃は響樹を見上げた。
もしも吉乃があの場で響樹に礼を言って去って行くだけだったのなら、翌日にスーパーで会った時にも挨拶を交わすくらいだっただろう。
そう考えると本当に互いの性格が似ていて良かったと思い、響樹は頷いて言葉を返す。
「吉乃さんがいじっぱりで負けず嫌いで良かったよ」
「響樹君には言われたくありませんね」
目元は笑っているが、口元はわざとらしく不満を示している吉乃。
「『邪魔だから帰れ』なんて言われてしまいましたし」
「そうは言ってないだろ?」
「『さっさと帰れよ。そんなとこに突っ立ってられても邪魔だし』ですね。正しくは」
「……そんな事言ったか?」
「ええ」
吉乃が自慢げに笑う以上はそうなのだろう。
しかし、そんなふうに記憶の中よりも酷い事を言っていたのに、その事を口にする吉乃は大切な思い出を語るように優しく笑っていた。
「降参」
肩を竦めてそう口にすれば、吉乃は口元を押さえてくすりと笑い、「私の勝ちです」と可愛らしく胸を張った。
そんな吉乃に「負けず嫌い」と響樹が呟けば、彼女は「ええ」と楽しげに笑い、いまだ何やら言い合っている海と優月へと視線を向ける。
「チーム分けはどうなるでしょうか?」
「普通にこっちとあっちでいいんじゃないか?」
「そうですね。そうなってくれると嬉しいです」
左右の椅子に分かれて座る以上、当然隣には話しやすい者がいる方がありがたい。響樹と吉乃、海と優月でチームになる方が、考えの読めない優月以外の三人としては助かるのだ。そうでなくとも響樹としては吉乃と組みたいところであるのだし。
海に頑張ってほしいところなのだが優月も積極的に響樹と組みたい理由は無いはずなので、恐れるのはくじ引きで二分の一に持ち込まなければならない事。そう思っていたのだが――
「じゃあせっかくだし私と天羽君、吉乃と海でチーム組もう」
何故そうなったのかわからないのだが、優月だけでなく海もサムズアップを向けてくる。
隣の吉乃に目をやると、彼女の方も穏やかな笑みこそ浮かべていたものの少しだけ眉尻を下げて困惑を示していた。
(お前さっき応援するって言っただろ)
さっそく反故にされた恨みをただでさえ鋭い目つきに乗せてみるのだが、海はどこ吹く風だ。大体海としても優月と組みたいだろうに。
優月の方も楽しげに笑いながら「よろしくねー」と響樹の方へと近付き、「吉乃はあっちね」と海の方を指差す。
「負けませんよ、響樹君」
こうなってしまえば吉乃は何も言えないだろう。
穏やかな笑みを浮かべながら響樹に小さなガッツポーズを見せるのだが、その表情には残念さを示す色があった。そう思いたかった。
「あれ? 天羽君なんかご不満?」
「響樹。せっかく今まで交流が少なめな人と組もうって事で決めたんだけど、何か意見があるなら聞くぞ?」
ニヤついた二人の顔で流石に気付く。そして思う、この二人はやはりとんでもなく息が合っているなと。
どうしても響樹の口から言わせたいらしい二人の思惑に乗るのは癪だが、特に海に対しては「吉乃にとって特別な一人になりたい」と言ってしまった以上ここで引くのは情けない。
そして何より、吉乃が響樹に向ける気遣わしげな視線の中に期待が混じっている事に気付いてしまった。
「吉乃さんと組みたい、かな」
「響樹君……」
ほんの一瞬だけ丸くした目を細めた吉乃が響樹の服の裾をそっと摘まみ、そこから彼女の喜びが伝わってくるような気さえした。
これだけで口にした甲斐があったというものだ。この後どんなからかいが待っていようと構わないと思える。
「了解。じゃあそうしようか」
「うんうん」
にもかかわらず、海と優月は何も言わずに響樹たちの向かいの席に腰を下ろしてしまった。
身構えていた響樹としては拍子抜けしてしまうのだが、裾を摘まんだままの吉乃が「響樹君」と小さな、しかし弾んだ声を発する。
「ありがとうございます、響樹君」
向かいの二人の視線が外れているからか、ほんのりと頬を染めた吉乃の笑みは外行きではなく、響樹だけに見せてくれるもの。
「一緒の組になれて嬉しいです」
「あ、ああ。俺も……」
その先の言葉は言えなかった。
二人にからかわれた方が精神状態としてはマシだったと思うくらいに顔が熱い。
ちらちらと視線を向けてはニヤけている二人は、恐らくこうなる事がわかっていたのだ。
からかわれてしまえば対海と優月で反発はできるが、吉乃と一対一ではこのもどかしく気恥ずかしい感覚の逃がしどころがない。
ただ、逃がしてしまうのももったいないような、そんなふうに余計に恥ずかしい事も思った。
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