第48話 白いクリスマス
「ところでクリスマスパーティーって24日でいいのか?」
「そうだと思います。私がお誘いをいただいたのは24日でしたから」
クリスマスパーティーの約束をしたファミレスからの帰り道、当然ながらその事についてが話題に上る。
「場所はどうする? カラオケとかは当日やっぱ混むか」
「私の家でと考えていましたけど?」
「え?」
きょとんと首を傾げた吉乃に対し、想定外の返答を貰った響樹も首を捻り、お互いに妙な角度で顔を見合わせた。
それがおかしかったのか、吉乃は口元を押さえてくすりと笑う。
「お互いにクリスマスパーティーをした事が無いんですから、せっかくなのでホームパーティーにしませんか?」
「まあ、それはいいんだけど。それなら俺の家で良くないか?」
「私の部屋の方がキッチンの設備がいいですし、使い慣れていますので」
「それでも、女子の一人暮らしの部屋にだなあ……」
部屋で二人きりという状況は散々あった訳だが、それは響樹の部屋での事。襲い掛かろうなどとは思わないし、仮にそうしたら腕を折られる気がするのだが、吉乃がいいと言ったところで響樹としてはやはり抵抗がある。嫌ではないのだが気恥ずかしいと言うか、照れくさいような気がする。
そんな感情をはっきりとは告げられず口ごもった響樹に、吉乃はいたずらっぽい笑みを浮かべてみせた。
「やましい事をお考えですか?」
「そんな訳ないだろ」
「それでは私の部屋でいいですね?」
「ああ」
売り言葉に買い言葉、と言うよりも上手い事吉乃に乗せられた結果、パーティー会場は彼女の部屋に決まった。
その後もああだこうだとやり取りを続け、調理は吉乃だが買い物にかかった費用は折半、クリスマスケーキの費用は響樹が持つという事でひとまず決まった。
そんなやり取りの最中も吉乃はずっと楽しそうに笑っていたし、響樹も当日を楽しみにしていた。
◇
(プレゼントどうするか)
吉乃とのクリスマスパーティー前日、響樹は考えていた事に答えを出せずにいた。
海とクリスマスに遊ぶとしてプレゼントなどは絶対用意しないだろう。しかし吉乃とはわざわざパーティーをするという約束なのだから用意すべきだと思ったし、互いに今までした事が無いのでクリスマスらしいことをと言う思いもあったし、せっかくなので喜んでもらいたかった。
前日になってようやくそれを決め、では何を贈るかと考えて調べてみるのだがどのページも『クリスマスの彼女へのプレゼント』とあるばかり。
恋人でない異性へのプレゼントはどうすればと思うのだが、そこを飲み込んで内容に目を通してみても、化粧品、香水、フレグランスなどが多い。吉乃の薔薇のような花の香りが記憶に残っているのだが、種類もあるのだろうし彼女が何を使っているか知らない――知っていても気持ち悪いが――のでこの辺りは却下。
その他にはパスケースは使わないだろうという事で却下、バッグの類はやはり好みがわからないので却下、アクセサリーも同様。と言うよりもどれも付き合っていない男から贈られて――特に吉乃が――嬉しい物とは思えなかった。パスケースがセーフなくらいだろうか。
贈りやすそうなところでマフラーや手袋などがあったが、吉乃は既に持っている。渡せば使ってくれそうな気はするが、使用感などもあるだろうしそれも憚られる。
「これなら……」
そんな中で一つの物に目が留まり、響樹はすぐに必要な物だけ持って部屋を出た。
どんな店に売っているのか調べなかったので、だいぶ歩き回るハメにはなったのだが。
◇
「相変わらずデカい」
昼間に吉乃の家に来るのは初めてで、暗くなってからではわからなかった部分もよく見えた。ライトグレーの外壁に目立った汚損等は無く、エントランス前も清掃が行き届いている。築年数の浅いであろう事、質の高い管理がされているであろう事、そして俗な話で家賃が相当である事が窺える。
異性の、それも吉乃の部屋にお呼ばれしている事にも割と腰が引けているというのに建物にまで気圧される気分で、響樹はマンションを前に覚悟を決めて深呼吸を一回。そして入り口横のパネルで聞いていた吉乃の部屋番号を押した。
『はい』
約束の11時よりも5分前、スピーカーから聞こえてくる吉乃の澄んだ声は少しだけ弾んでいた。
「天羽だけど、開けてくれ」
『はい……開錠しました』
「ありがとう……開いた」
横の自動ドアに手を伸ばすと、センサーが反応してドアが開く。
『エレベーターを降りて右手側です。お待ちしていますね』
「了解」
そのまま言われた通りエレベーターを九階で降り、部屋番号を確認しながら右手側に向かうとすぐに吉乃の部屋は見つかった。
黒い扉の前に立った響樹はもう一度深呼吸をしてインターホンに手を伸ばし、人差し指を伸ばし、更にもう一度深呼吸をしてからボタンを軽く押し込んだ。
そして返事を待つ間も無くドアが開いた。
「こんにちは、天羽君。ようこそいらっしゃいました」
「……こんにちは、烏丸さん。お招きいただきありがとう」
「どうぞ上がってください」
「ああ、お邪魔します」
突然目の前に現れた吉乃に心臓を痛めつけられたが、手に持ったケーキを揺らさなかったのは自分を褒めてやりたい。そんな風な事を考えて心を落ち着かせ、彼女の部屋に入らせてもらった。
吉乃に似たほのかな花の香りをさせる玄関、白を基調とした壁や天井は高級さを感じさせるし、加えて色白なフローリング床が統一感を醸し出す。
そして白いのは吉乃もだ。
いつもは割と黒を主体としたファッションの彼女が、今日は体のラインが出る白い膝下丈のニットワンピースを身にまとっている。タイツと高い腰位置に巻かれたリボンベルトが黒いのは彼女らしさだろうか。
「今日は白いんだな」
「ええ。せっかくクリスマスなので明るめに。生憎クリスマスカラーの服は持っていませんでしたけど」
靴を揃えてから声をかけると、吉乃はほんの少し眉尻を下げて笑い、響樹へと上目遣いの視線を向ける。合わせられた指先が少しだけ落ち着かない様子を見せていた。
「今までとだいぶイメージ違うけど、そういうのもよく似合ってると思う。可愛らしさと綺麗さが上手くマッチしてると言うか」
料理の途中だったのか髪を結ったままな事もあって本当に印象が変わる。大変に魅力的で、褒める言葉が自然と出た。
むしろ意識して止めなければ響樹自身が散々な羞恥を味わうところだっただろう。
「ありがとう、ございます」
そんな響樹の言葉に深々と頭を下げた吉乃の、戻ってきた端正な顔は少しだけ弛んでいてやはり可愛らしい。
(クリスマスカラーだな)
少しだけ潤みを帯びた瞳に見つめられ、そんな事を思った。
はにかんだ吉乃から視線を外せず、玄関前の廊下でどれだけ立ったままでいただろうか。1分にも満たないであろうその時間がだいぶ長く感じられて、それに気付いた瞬間に自身の鼓動にも気付く。
「あー。ケーキ買ってきたんだけど、冷蔵庫入れといてもらっていいか?」
「ええ、ありがとうございます」
ケーキの箱が入った袋を差し出すと、まだ少し頬の赤い吉乃は両手で丁寧に受け取り、「さあどうぞ」と響樹を奥へ促した。
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