第21話 カミングアウトとその翌朝
「響樹が? 女子と? カラオケ?」
吉乃から海にも話す許可を貰った翌日の昼休み、廊下の開けたスペースで話を始めると、海は疑いというよりも驚きと呆れが混じったような声を上げた。
しかし優月と響樹の顔の間で視線を行ったり来たりさせる内に、半信半疑のような表情へ、そして最後には「え、マジ?」と優月の顔を見つめる。
「マジ。でも海の言い方失礼じゃない?」
「いや、だって。なあ?」
じとりと半眼になった優月ではなく、海の弁解が向かった先は響樹。助けを求めるような視線に海にも弱点があったんだなと苦笑しつつも内容には同意しておく。
「まあ海がそう思うのはある意味当然だから、別に俺は気にしてない」
海が持っている情報から考えれば仕方のない事である。恋愛嫌いの響樹が異性と一対一でしかもカラオケ。
響樹が高校入学後に吉乃以外で唯一カラオケに行った相手は海である。恐らく恋愛系の歌が流れた際には酷い顔をしていたのだろうと思う。吉乃が勘違いしたように、海も響樹がカラオケ嫌いだと考えてもおかしくはない。
「よくわかんないけど、天羽君がいいならいっか」
楽観的な調子で笑う優月の横で海がホッとしたように肩から力を抜いたのが面白かった。
「しかしまあ、それだけでも驚きなのに、相手がまた……」
「ね。私最初に部屋入った時ほんっと驚いたんだからね。天羽君最初顔隠してたけど、あの烏丸さんが男の人と一緒だったし。で、その相手天羽君だしで」
「あの烏丸さんが響樹とだしな。そら驚くだろうな」
「ね!」
「な」
二人が楽しそうな雰囲気になってきたので、じゃあ俺はこれでと立ち去りたかった響樹なのだが、そうはいかなかった。「響樹」「天羽君」とぴったり同じタイミングで声がかかる。タイミングが被った事でおかしそうにしている二人の表情はよく似ていて、なんとなくむず痒い。
「で、結局どういう関係なの?」
「馴れ初めとかは?」
「そういう関係じゃないから馴れ初めとかもねーよ」
ため息をついた響樹はたまたま傘を貸した事、そのお返しに吉乃が色々と教えてくれた事などをかいつまんで話す。海は静かに聞いていたが優月は楽しそうに合いの手を入れてくるので少し気まずかった。
「まあそういう感じで、結構世話になってるからお返しの意味も込めてカラオケに行っただけだ。行った事無いって言ってたし」
「まあ響樹らしい
「何て言うかねえ……」
顔を見合わせて苦笑し合う二人からは疑っているような雰囲気は感じられない。しかし何か言いたい事があるのは流石にわかる。それでも響樹は「言いたい事があるならはっきり言え」などとはわざわざ言わない。言えば面倒な事を突っ込まれる可能性もあるし、何よりこれは自分だけの問題ではないのだ。
この二人ならば大丈夫だとは思うが、名前まで出す許可をくれた吉乃に火の粉が降りかかるような事があってはならない。
「今回以外で天羽君が女子とカラオケ行ったの知ってる?」
「無いぞ」
「おい。言い切るな」
「逆に烏丸さんが男子とカラオケ行ったの知ってるか?」
「おい」
「知らなーい。と言うか私の知ってる範囲じゃ誰かのお誘いに乗った事なんて一回も無いよ。私も断られたし、『夕食の支度をしなければいけませんので』って」
抗議する響樹を無視した二人は楽しそうに情報交換を続け、最後には「へー」と完全に声を被らせて同じようなニヤケ顔を響樹へと向けた。
お前は特別なんだぞと言いたげな二人ではあるが、そもそも平日に誘えば断られるのは当然だと響樹は知っている。彼女のプライバシーなので口にはしないが、優月の言う通り吉乃には夕食の支度があり、だからこそカラオケは日曜に設定されたのだから。
「そう言えば響樹が烏丸さんの事聞いてきたのいつ頃だったっけ? そういう事だったんだな」
「えー。聞きたい聞きたい」
「……俺から話す事はもうないからな。後は二人で好きなようにやってくれ。あと言っとくけど、向こうに迷惑かけるような事はやめろよ」
またもため息をついた響樹に、海はしばらくの間目を丸くした後ふっと笑んで響樹の肩を叩いた。結構強めに。
「……了解。それは約束する」
「うん約束するよ。その代わりここでは面白おかしく話すから」
「任せとけよ」
「任せたくないんだが……」
結局昼休みが終わるまで二人に付き合わされた。
その後一応吉乃には『無事終わった。そっちに迷惑はかからないと思う』とメッセージを送っておいた。
因みに連絡先交換以降最初の連絡がこれである。その点について触れるべきか悩み、四度ほど文面を変えた挙句気恥ずかしくて用件だけにした。
『承知しました。ご連絡ありがとうございます』
放課後すぐに送った響樹のメッセージに対し、吉乃からそんな事務的なメッセージが返ってきたのは夕食の片付けが済んだ頃だった。
◇
響樹たちの高校では基本的に一日当たり二人――半日授業の土曜は一人――の日直が仕事を担当する。三十五人前後の学級なので大体三週間と少しで日直が回ってくる計算であり、試験と祝日の関係でいつもより少し間の開いたお役目の日がまたやって来た。
十月は月初の方で一度担当した響樹としては今月二度目となる少しだけ早く家を出る日、平時よりも10分ほど早い支度を済ませた響樹の頭にはある想像。そしてそれは現実になる。
「おはようございます、天羽君」
「ああ、おはよう、烏丸さん」
前回のようにそれはもうぱったりというほどではなかったが、響樹が道路に出ると学校の反対側から歩いて来る女子生徒がいた。この道を通る同じ学校の生徒はただ一人しかいない。
数十メートル向こうの吉乃を無視してそのまま行ってしまう事も理屈の上ではできただろうが、流石にそんなに寂しい間柄ではない。挨拶くらいはするべきである。
そしてその考えは正解だった。やわらかな笑顔と透き通った声からなる朝の挨拶は心地良く、丁寧に腰を折る仕草もそれで揺れる濡羽色の髪もとても美しい。
朝の挨拶が一日の基本であるという小学校の頃の教えを今更ながら実感し、響樹も少しだけ意識して腰に角度をつけた。
「待ちましたか?」
「待ち合わせしてないだろ。どんだけ気に入ったんだそれ」
挨拶の後で可愛らしくニコリと笑った吉乃はあざとく首を傾げたが、流石に響樹も騙されない。すると吉乃は一瞬唇を尖らせたが、何事もなかったかのようにニコリと笑い、首を傾げてみせた。
「待ちましたか?」
「……今出てきたとこだよ」
「それは良かったです」
満足げに笑った吉乃がそのまま軽い足取りで歩き出すので、響樹もそのまま彼女の横に並ぶ。吉乃がふふっと笑う声が聞こえた。
「昨日メッセージでも送ったけど、海と花村さんには軽く説明したから。そっちに迷惑はかからないように約束してくれた」
「ご配慮ありがとうございます」
「別に配慮ってほどの事じゃないけどな。あの二人なら言わなくても大丈夫だっただろうし」
「そうでしょうね。花村さんとは昨日何度か目が合いましたけど、結局何も聞かれませんでした。笑顔で手を振られた時はどう反応しようかと思いましたけど」
吉乃はその時の事を思い出したのか、口元を押さえながらちょっと困ったようにくすりと笑った。
「何となく想像つくな。で、どうやって反応したんだ?」
「笑いながら会釈だけしておきました」
「そっちも想像つくな」
きっと穏やかな微笑みを浮かべて綺麗に背筋を伸ばし、計算され尽くした角度で一分の隙も無い会釈を見せたのだろう。そう考えると響樹からもくすりと笑みがこぼれた。
「失礼な想像ではありませんよね?」
「まさか」
「それでしたらいいです」
覗き込むようにじとりとした視線を送ってきた吉乃に肩を竦めてみせると、彼女はニコリと笑って姿勢を元に戻し、綺麗な姿勢で歩を進めた。
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