第4話 完全無欠な美少女の噂

「今朝烏丸さんが男子と一緒に登校してたらしいよ」


 そんな噂を聞いたのは昼休みだった。昼食後にかいと適当な話題を並べている最中、響樹の耳にクラスメイトの会話が届いた。

 目撃者などほとんどいなかったと思うのだが、やはり烏丸吉乃の影響力は大きいのだと再認識せざるを得ない。とは言っても目撃者の少なさ故か自分も見たと言うように追従する者はいないらしく、聞こえる範囲では噂の域を出ていないといった印象である。


「なあ海。烏丸さんてどんな人なんだ?」


 吉乃の噂を全く気にしないフリをしながら、海と続けていた会話が途切れたタイミングで尋ねてみたのだが、友人からの返答がない。聞こえていなかったのかと思って視線を向けてみると目が合った。いつもより見開かれて丸くなった目と。


「なんだよその顔」

「響樹から女子の名前が出た事に驚いてる顔」

「そんなに珍しいかよ」

「ああ。名前が出るだけでも珍しいのに、内容も内容だし相手も相手だからな」

「言っとくが――」

「わかってるって」


 響樹の言葉を遮りうんうんと頷き、わざと作ったかのように軽く薄い笑みを浮かべながら海は響樹の肩を叩く。


「圧倒的に可愛いもんな。流石の響樹でも気になっちゃうか」

「なるかアホ」


 肩に置かれたままの手を払いのけ、響樹はじろりと海を睨んでみせた。


「違うのか?」

「……違う」


 違わないと言えば違わないが、「気になった」の意味が違う。

 噂で聞いていた吉乃の人物像と、実際に接した彼女の印象がまるで違うので気になるだけ。けっして海が意図するところの恋愛的な興味ではない。


「なんか反応がアレだけど、これ以上ツッコんで響樹の恋愛嫌いが悪化しても困るしこの辺にしとくわ」


 恋愛嫌い。公言した訳ではないが、恋愛絡みの話題をことごとく避けていたらいつの間にかそう認識されてしまっているし間違っている訳ではなかった。セットで女性嫌いと思われている節もあるが、わざわざ訂正はしていない。

 何より恋愛絡みの話題を振られる事がほとんど無くなったためその点においてだけはむしろ助かっている。


「で、烏丸さんの事だろ?」

「ああ」

「俺からは噂通りの人としか言えないな。見た目は誰がどう見たってずば抜けてるのがわかるし、成績だって同じだろ?」


 響樹の通う高校では、定期試験の成績上位者十名までが時代錯誤な事に名前と点数を掲示板に貼り出される。表彰と奨励の意図があるらしい。

 そして貼り出される順位表において、入学後の実力試験、一学期の中間、期末試験の計三回、烏丸吉乃が右端一位を譲った事はない。更に言うのであれば、前回は600点満点の試験で二位に40点近く差をつけていた。

 因みに響樹の名前も左端の方九位か十位に載っていたりする、こっそりと。


「そりゃわかるけど、どっちかと言うと人柄とか性格の方を知りたい」

「と言われてもな、そっちに関しては伝聞でしか知らんぞ」

「それで十分だ」

「……そうだなあ――」


 少し考えるような沈黙の後で海が語った内容は、響樹にとって大体既知であった。

 つまりは響樹よりずっと広い交友関係を持つこの友人でさえ、「烏丸吉乃はいつも穏やかな笑みを浮かべている人当たりの良い女子」であると認識している訳だ。

 海でこれなのだから、きっと誰に聞いても同じ答えが返ってくるだろう。


「あとはそうだな、色んな人から告白されてるけど全部断ってるって事くらいか」


 それはなんとなくわかっていた。

 恐ろしくモテる事は海から聞いた事のある噂で知っていたし、恋人がいるのであれば異性である響樹と登校しようとは思わないだろう。

 それに、吉乃に恋人ができたとなればそれこそ一大ニュースだ。今朝の事でさえ噂になるのだから、そういう相手がいれば響樹の耳にも絶対に入るはずだった。


「本人たちのプライバシーに関わるから名前は言わないけど、錚々たるメンバーだぞ? 成績が良かったり、顔が良かったり、運動部で活躍してたり、その複合技の人気者とか」

「へー」

「うわ。聞いといて興味なさそうだな」

「そこまでは聞いてないし実際そっち方面は興味ないからな。ってかお前はどうなんだよ?」


 海は人によってはギリギリ軽薄に見えるかというラインでチャラめの見た目をしており、女子人気は結構あると響樹は思っている。

 同クラス同学年問わず女子からそれなりの頻度で話しかけられるし、一度だけだが響樹が橋渡しを頼まれた事もあった。


「俺? ちょっとタイプじゃないんだよな。もちろんすげー可愛いとは思うけど、ああいう大人しそうな子は苦手だな」

「大人しそうな子ね」


 脳裏に浮かんだ吉乃と重ならない言葉を聞かされ、つい笑ってしまった。


「どうかしたか?」

「いや。思い出し笑いだ、何でもない」

「普段あんま笑わないくせに、ほんとに今日は珍しいな」

「悪かったな。不愛想で目つきが悪くて」

「そこまで言ってねえよ」


 もう一度思い出し笑いをした響樹を前に、友人は怪訝そうな顔で首を捻っていた。

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