オアシス調査
「銅貨6枚で」
「いや、嬢ちゃんな、元々銀貨4枚て……」
「銅貨。6枚で」
「……最初は銅貨8枚やなかったか?」
「6枚」
「昨日は7枚やったよな」
「だから今日は6枚」
「……入れてやらへんで」
「入らなくてもいいんですか?」
「くっ……」
あの元オアシスに来るのは今日で3日目だ。村長さんに見学料を払って、案内役を連れてきてもらう。
「あ、今日はまたエファとコフィーなんだね。よろしく」
2人が軽くお辞儀する。
昨日はヤオとメンサという男の子2人だった。ちなみに、ヤオが13歳でメンサが10歳。この2人は、エファとコンフィー程無口ではなく、ぶっきらぼうだが割といろいろ話してくれた。まぁ、9割は愚痴だったけど。
「他にも2人いるんだよね」
「……そう」
「その2人は何歳?」
「16歳と19歳」
「え、成人してるの?」
驚く私に、コフィーがコクンと頷く。
……成人していても、罪人の子は普通に働いて生活することはできないのかな。
ペトラは今どうしているのかと、どうしても考えずにはいられない。
森林領にいる時には、たとえ他領にいたって、何かあった時には助けることができるはずだと思っていたが、実際に火山領に来てみて分かった。そう簡単に駆け付けることなんて、できない。火山領の中を移動するだけで、これだけ周到な準備と覚悟が必要だ。
……何も、してあげられることがない。
「……成人すると別の仕事をするの」
「え? そうなの?」
沈みがちな思考が、エファの言葉で浮上する。
「男は煉瓦を作ったり岩を切り出したりして、女は体を売るって」
「え? 体?」
「そうすると、みんなの分のごはんが増えるの」
「………………」
体を売るというのがよく分からない。肉体労働をするということだろうか。
「それって……」
「アキ様! 今日は何を見たいのだ?」
例えばどういう仕事をするのか聞こうと思ったが、ヒューベルトさんになんだか慣れない様付でやけに大声で遮られる。すっかり忘れていたが、街中ではお嬢様とお付きの者たちという設定だった。もしかしたらお嬢様仕様で聞いてはいけないことなのだろうか。
多少は気になるが、それでエファやコフィーの食事が増えるのならば、まぁいいかと思う。
「ん~。今日はね、いつ頃、どれくらいの水位だったのかが知りたいの。どれくらいの時間をかけてどれくらいの量が減って行ってるのか」
「……それで壁か」
「うん。何か跡が残ってるかと思って」
水が一定の間隔で間断なく減っていてるのだとしたら何も残らないかもしれないが、何かが起こって突然水位が減ったのなら、そこにはコケとか水垢とか、何か痕跡が残るんじゃないかと思ったのだ。
「でも、見たところ特に何もなさそうだね」
「そうだな。少なくとも、水位が地下に下がって以降は一定量が減って行ってるようだな」
災害でもあったのか、多少の縞模様はあるものの、それほど大きな間隔ではない。オアシスに何かあったというよりは、雨量の問題という感じに見える。
「……暗くてよく分かんないんだけど……このオアシスって底はあるのかなぁ」
「あるよ」
「えっ?」
何気ない独り言だったが、思いがけず返事が返ってきて驚く。
「え? エファ、底があるって知ってるの?」
「聞いた」
「……なんて?」
「昔、これ以上オアシスがなくならないように底を固めてこの建物立てたって」
「なくならないように?」
エファはコクンと頷く。特に嘘を言っている様子もないし、元々聞いた話だというのでどこまでが本当なのかは分からない。
……でも、最初に建てた時よりも随分水位が減ってるよね。
「そういうのって、どこかで調べられない? 建てた時の資料とか」
「……村長のとこ?」
今度は自信なさげだ。きっと知らないのだろう。でもたしかに、何か残っているのなら村長の邸だろうなと思う。なにせ、家と役場が一体になっているのだ。
「そうだね。ちょっと行ってみようかな」
「資料? オアシスの?」
村長さんの家に行って、オアシスとかあの建物とかの資料が欲しいと言ってみたらすごく怪訝な顔をされた。
「……何か変ですか?」
「いや……資料言うても、整理もしてないから何がどれくらいあるか見当も付かんし……」
「勝手に漁っていいなら勝手に見せてもらいますけど」
「……いや、しかしホンマに整理してないからなぁ。何日かかるか……」
「……もしかして、見せちゃダメなものなんですか?」
村長さんのあまりの粘りっぷりに、ちょっと不自然さを感じる。そもそも、村の大事な資料なのだ。見せられないと突っぱねられても文句は言えない。なのに、見せられないとは決して言わないのだ。では何に引っかかっているのかが分からない。
「いや、まぁ、見せたらあかん資料もあるけど、見せてええのもあるしな」
「じゃあ、それだけでもいいので見たいのですが」
「うーん……」
……困ったな。これ、どうしたらいいんだろう。
意味もなく膠着状態が続くのは時間がもったいない。もらった1週間のうち、もう3日が過ぎたのだ。ダメならダメですぐに次の手を考えたい。
「……ダメですか?」
「いや、ダメというわけでは……」
「じゃあ、いいんですか?」
「いや、それは……」
「……じゃあ、もういいです」
「ああああ、待て待て待て!」
何だかよく分からないし解決の仕方も分からないので諦めようとしたら、なんだか慌てたように止められた。
「見せる見せる! ただし、わしが指定した部屋の資料だけやぞ」
「いいんですか?」
「おお。見せてええ資料なら別にかまへんからな」
「ありがとうございます!」
「ほんなら、銀貨4枚やな」
……いくら吹っ掛けようか悩んでいただけだったんだね。
「……村長さん」
「……なんや?」
内心を隠して爽やかに微笑むわたしに、何故か村長さんがちょっぴり警戒心を見せる。
「資料って整理されてないって言ってましたっけ?」
「あ、ああ、まぁ……きちんと整理はしてないなぁ」
「探すのに時間かかるって言ってました?」
「ああ、まぁなぁ」
「じゃあ、銅貨8枚ですね」
「待て待て待て! なんでそうなる!? 村の貴重な資料やで?」
さらりと言ったわたしの言葉に村長さんが大声で待ったをかける。
「村の貴重なオアシスも銅貨8枚でしたよね」
「いや、それは嬢ちゃんが値切って……」
「しかも、整理されてない資料なんですよね?」
「い、いや、ある程度の分類は……」
「時間がかかるんですよね?」
「いや、それほどは……」
整理されていない中から目的の物を探すには時間がかかる。つまり、今日だけでは終わらない可能性もあるのだ。
「銅貨。8枚です」
「…………くっ」
なんだか、わたしがものすごくケチみたいな反応だが、これが普通だと思う。来る度にお金を取られるのだから、その分はキッチリ引いてもらわなければ公正じゃない。
……オアシスの方だって、ホントに見るだけだったしね。
値引いた価格こそ、適正価格だ。前の村の服屋のおばちゃんといい、火山領は値引きがもう文化になっているんだと思う。
資料があるという扉を開けると、そこにはとても既視感のある光景が広がっていた。
「……ヒューベルトさん。なんだか懐かしいね」
「うむ。良くも悪くも、懐かしい光景だな」
壁に沿って、天井までありそうな本棚が備え付けてある。資料はたくさん詰め込まれているのだが、残念ながら、本棚までたどり着くことができない。床まで本やら資料やらで埋め尽くされているのだ。
「懐かしいのか?」
……ああ、マルヤーナさんはいなかったもんな。
あの時ヒューベルトさんと一緒にいたのはリニュスさんだった。リニュスさんがここにいれば一緒にため息を吐いてくれただろうに。残念だ。
「マルヤーナさん。今度ペッレルヴォ様に会ったら、借りた資料はきちんと返すように声をかけといてください」
「あー……」
マルヤーナさんも何か心当たりがあったらしい。ペッレルヴォ様の借りっ放し癖は有名なのかもしれない。
「ここにある資料は大したもんやないからな。好きに見たらええ。わしは奥にいるから、なんかあったら呼んでくれ」
そう言って、村長さんは見張りも案内も手伝いもせずに出て行ってしまった。本当に好きにしていい資料らしい。銅貨8枚でも多かったかもしれない。
「うーん……何から手を付ければいいか迷うね」
「とりあえず表紙に何か書いてあって全く関係ないもんはこっち、表紙に何も書いてないもんはこっち、関係ありそうなもんはこっちに仕分けてくれ」
ダンがヒューベルトさんとマルヤーナさんに指示を出す。
「オレとアキは関係ありそうなもんを片っ端から見ていく」
なるほど。ダンならわたしが興味がありそうなものが分かるので、一見関係なさそうなものでも見落としたりはしないだろう。
「じゃあ、まずここからだね」
とりあえず、1番手前でわたしの腰くらいまで見事なバランスでもって積み上げられている本の山の、1番上の本を手に取る。表紙には「イフェズ村オアシス管理記録」とあった。
「あんまりないねぇ」
「手前はまだ時代が新しいからな」
本棚は分からないが、とりあえず目の前に積まれている本に関しては、分類が何もされていない。種類も年代も全く考慮されておらず、ただ奥から積み重ねられてきたために、ある程度年代が固まっているというだけの状態だ。
「じゃあ、ここから正面突破して一気に本棚を責める?」
「だが、突破する先が目的地として適当かの判断が付かねぇな」
とりあえず、目の前の本棚に照準を定めて可能な限り細い道を作りながら正面突破することにした。ダメだと判断したらそのまま横にずれていく方式だ。
「ところで、どうしてアキはそんなにあのオアシスが気になるんだい?」
資料の表紙を見てテキパキと仕分けながら、マルヤーナさんが聞いてきた。
「え、どうして? ……うーん……どうしてか……難しいなぁ……。自分でもよく分かんないんですよね……」
「分からない?」
手を止めてこちらを見るマルヤーナさんが不思議そうな顔をしている。
「……なんとなく……オアシスの仕組みが気になるっていうか……」
「それは、学術的な興味ということかな?」
「うーん……解明したいとか学びたいっていうより……」
自分の中の興味とか感情がどこから来てどこへ向かうのかを、明確な形にするのは難しい。
「……知りたい? というか……うーん……まぁ、知りたいんだけど……」
「……知ってどうするかってこと?」
マルヤーナさんの言葉がなんとなくしっくりくる。
……そうか。だからわたしは、ペッレルヴォ様とはちょっと違ったんだ。
ペッレルヴォ様は知るのが仕事だ。いろいろは事を知って、伝える。
それは価値があることだと思うし、実際にわたしも似たようなことをするのだけれど、わたしはペッレルヴォ様の仕事を羨ましいと思ったことはなかった。わたしはきっと、知るということよりも、知った事をどうするのかという方が大事なのだろう。
……ああ、それなら分かるかも。
「……わたし、オアシスを作りたいのかも」
「……は?」
「は?」
「……ハァ」
マルヤーナさんとヒューベルトさんとダンから一斉に「は」が来た。なんか、ダンだけ「は」の種類が違う気がするけど。
「ああ、そうか。そうかも。あのオアシスが減っていってる理由が分かれば、もしかしたら戻すこともできるかもしれないでしょ? だから知りたいんじゃないかな」
じゃあ、何故オアシスを戻したいのかという疑問も出てくるが、そっちはそれこそ「なんとなく」だ。
村の様子やエファやコフィーのことを考えると、無性にこの村に、この前立ち寄ったあのオアシスの村のようになって欲しいと思う。具体的な策があるわけではないけれど、なんとなく、オアシスがあればこの村もあんな風になるのかなと思ってしまうのだ。
「……まぁ、戻せるかどうかは調べてみねぇと分からねぇし、戻せたとしてどうやってお前の仕業だと分からねぇように戻すかって問題もあるがな」
「あ……そうか」
わたしはまだ、表向きは神呪師として何の立場も得ていないはずの状況だ。ここで派手な神呪を披露することはできない。
「うーん……わたしでなければいいんだよね……?」
……わたしじゃなくても、動具にしちゃえば誰でも作動させることはできるよねぇ。
そんなことを考えながらテキパキと仕分け作業をしているヒューベルトさんの方に目を向けると、何故かヒューベルトさんがブルブルッと身震いして両腕を抱き込むようにして摩り始めた。
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