出ない!
「ヤだ! こんな状態でなんて無理!」
「仕方ねぇだろうが、この先は当分砂とキャンプの繰り返しなんだ。いい加減慣れろ」
「じゃあ、戻る!」
「無茶言うな」
「じゃあ、ここでするしかないでしょ!? いいの!? やっちゃうよ!?」
「それはダメだって言ってんだろうが!」
「だってもう我慢なんてできないもん!」
砂嵐の後。わたしは久しぶりに、ダンとの大喧嘩の真っ最中だ。
「……アキ殿。少し我儘が過ぎるのではないか?」
いつもはわたしを怒鳴る役目のくせに、わたしが他の人に怒鳴られていると不憫に思うらしい。ヒューベルトさんの言い回しがソフトだ。でも譲らない。
「そんなこと言ってるけど、1番必要なのはヒューベルトさんでしょ!?」
「そ、そんなことは……」
ヒューベルトさんが狼狽える。当然のことだと思う。
「そんな嘘付かなくていいよ。本音をどーんと吐き出してごらんよ。本気と本気でぶつかってみよう? 新しい何かが見つかるかも知れないよ?」
「おかしな勧誘すんな」
「新しい何か……」
「あんたもいちいち本気にすんな」
わたしとヒューベルトさんの両方を相手にするダンは大変そうだ。でも譲らない。
「いや、如何なる場面に於いても本気で事に当たるという姿勢は主を持つ者として最も重視されるべき姿勢でありその心証を……」
「とにかく、このままだとその状態がずっと続くんだよ? ヒューベルトさんに耐えられるの?」
「衛兵が耐えられんわけがないだろう」
「ヒューベルトさんに聞いてんの! ダンは黙ってて! どうなの? いいの? ヒューベルトさん!」
「わ、私は……」
たぶん、いいのだと答えなければならないとでも思っているのだろうが、あのヒューベルトさんがこれだけ悩むのだ。本音では絶対辛いに違いない。
「やるなら今しかないんだよ? キャンプに入っちゃったらそれこそ、どうしようもないんだよ?」
「うっ……」
「ちょっとだけなんだよ? 少しだけならそんなに問題にはならないでしょ?」
「ううっ……」
「この境光の強さだもん。跡が残っちゃうなんてこともないでしょ? ね?」
「………………」
ヒューベルトさんがついに唸るのを止め、悲しそうな目でダンを見詰める。
……落ちた!
ため息を吐くダンを余所に、マルヤーナさんに目を向ける。
「うん。言いたいことは分かった。まぁ、わたしとしても本音ではありがたいとは思うよ? ただ、君が危険に晒されている現状を思うと軽々な判断はできない。今までの会話も含めてダン殿に一任するよ」
……逃げられたか。
マルヤーナさんはヒューベルトさんと違って処世術が上手いと思う。
「ダンお願いっ、ちょっとだけ! ちょっとずつやって絶対遠くから見えないようにするから。ね?」
「………………」
ダンが顔を顰める。
「だってキャンプには水場がないんだもん。こんな砂まみれのままじゃ寝れないよ。ちゃんと寝てないとそれこそ危ないんでしょ? わたし、攫われちゃう前に砂漠の砂と化しちゃうよ」
「そんなわけあるか」
「ちょっとだけっ。ね? ちょっと、ジワジワっと水を出したらそれを器に入れて、如何にも持ってた水を使ってるみたいにして使うから。ね?」
「………………ハァ。しょうがねぇな」
「やったぁぁぁぁ!」
「おおおぉぉぉ!」
わたしの勝利の歓声は、わたし以上に水浴びを望んでいたヒューベルトさんの雄たけびによってかき消された。
木箱の中を漁って、適当な木の枝を引っ張り出して神呪を描く。
……やっぱり持って来といて良かった!
ヒューベルトさんもマルヤーナさんも大反対したが、やっぱり神呪師に枝や石や紐は必須アイテムだと思う。今度旅に出る時はもっといろいろ用意することにしよう。
「うーん、これくらいでどう?」
描いた神呪をダンに確認してもらう。
「いや、念のためにもう少し絞れ。オレも試したことがねぇからな。どれくらいの大きさでどれくらいの規模の水量になるのか見当が付かねぇ」
「うーん、じゃあ、これくらい?」
ダンから許可が出たので荷台から出る。何故荷台で描いていたかというと、暑いからだ。ちなみにヒューベルトさんとマルヤーナさんは交代で屋根の上に上り見張りをしてくれている。
「じゃあ、ちょっと布張ってくれる?」
大きな布を周りで支えてもらって、その中でこっそり神呪を作動させる。
「………………」
ヒューベルトさんが後ろから一心不乱に枝の先を見詰める。
……水浴び水浴び! お水来い来い!
「……来ないな」
「………………」
……体拭き拭き! お水来い!
「…………来ないな……」
「………………」
……お手てピシャピシャ、来い!
「………………来ない……」
「………………」
…………砂にじんわり……
「……お、お水~…………」
「…………何も……起こらない……」
わたしとヒューベルトさんの悲しい呟きが広い砂漠に掻き消える。ヒューベルトさんなんて、このまま魂まで掻き消えてしまいそうだ。
「……地下水路がない……? いや、そんなはずはねぇよな……」
ダンが何か呟いている。ダンにも分からないことがあるなんてビックリだ。
「アキ、もう少し強くしてみろ」
「うん!」
神呪を描き直してもう一度作動させてみる。
「………………出ない」
「……水…………」
「……どういうことだ?」
わたしとヒューベルトさんの絶望の呟きにダンの独り言が混じる。
「もっと強くする!」
こんなことで負けていられない。もっと深くまで届くように神呪を描き直す。この修正は、実は街灯の応用でできるようになった。遠隔操作の部分だ。やれるようになっといて良かった。
「神力の方を調整しろよ」
「分かってる」
神呪を作動させる。
「…………あっ、出てきた!」
「おおっ」
砂の表面が少し色が変わったところで神呪から手を離す。
「………………あれ?」
「は?」
いつもなら地下から噴き出してきた勢いそのままに地面から噴き上がるはずの水が、一向に出て来る気配がない。
「あっ………………引っ込んじゃった……!」
たしかに水を吸って色が変わっていたはずの砂が、あっという間に乾いて元のサラサラの状態に戻ってしまう。
「………………どゆこと?」
あまりにも早い水の撤退に唖然として、コテンと首を傾げてしまう。
「……アキ、もう一回やってみろ。今度はオレがいいと言うまで離すな」
「分かった」
ダンに言われてもう一度やってみる。
「………………」
しばらくすると、砂の表面が濃くなり湿っているのが分かる。
「もう少しそのまま」
「……結構長いね」
そのまま神呪を作動し続けると、濡れて色が変わった部分が広くなる。だが、なかなか水自体が出て来ない。
「……このまま続けると境光が落ちてしまうのではないか?」
「そうだな。一旦止めよう」
マルヤーナさんの言葉に頷いて、ダンが絶望的な決定を下す。
「待って待って待って! 移動しながらでいいから! 移動しながら神呪考えるから! 出来たらもう一回試させて!」
わたしの言葉に珍しくヒューベルトさんが期待に目を輝かせる。
「……いいが、肉眼でキャンプが見える様になったら諦めろよ」
「うー……分かった……」
顔にも髪にももちろん体中にも砂が張り付いている。いくらサラサラしているからと言っても、この気持ち悪さが消えるはずがない。
そのまま荷台の中で必死に神呪を考え続け、砂に降りては試してみたが、結局その日は水を見ることはできなかった。
「おはよー……」
「おはよう……」
ヒューベルトさんと魂の抜けた挨拶を交わす。今、わたしとヒューベルトさんは、出会って以来で一番ではないかというくらい、心を寄り添わせている。護衛と護衛対象としては良い傾向かもしれない。
「あんまり眠れなかったね……」
「アキ殿もか……」
「いや、アキはスヤスヤ寝てたけどね」
「………………」
まぁ、たしかに寝たは寝た。ただ、起きた時に真っ先に「気持ち悪っ」ってなったので気分が良くないだけで。
「……ハァ。どうしちゃったんだろう……もしかして、わたし、神呪師の腕がなくなっちゃったのかな…………」
しょんぼりと白い布に覆われた腕を見詰める。
……神呪師の腕がなくなったら、やっぱりハチミツ屋さんかなぁ。
「……暑さのせいかも知れねぇな」
「…………暑さ?」
ふと思いついたように呟くダンの言葉に首を傾げる。
「ああ。すぐそこまでは水が来てるんだ。水管が全くないわけじゃねぇ」
それはわたしも考えた。だが、神力を強くしても神呪を描き替えても、砂の上にまで水が到達することができないのだ。
「……砂の上に出てすぐ乾くっていうなら分るんだけど、そこまでも来ないんだよね」
「砂漠の砂は常に風で動いてる。そういう意味では、土の地面と違って地中の温度が地表とそれほど変わらないんだ」
「えっ!? あの砂、動いてるの!?」
見える景色はずっと同じなのに。
「まぁ、同じ種類の同じ大きさの砂があっちこっちに流されてるだけだから見た目は変わらねぇけどな。だから、地中を通ってる間にも水が乾くのかも知れねぇ」
「……それにしても、あれだけ強くしても全然出て来ないなんて……」
「あと考えられるのは……砂、か?」
「砂?」
「砂の上には水が溜まらねぇ」
「でも、そもそも砂の上にまで水が来てないよ?」
「来る前に落ちるんじゃねぇか?」
「へ?」
……落ちる? 砂の中で?
「それって……砂の間を水がすり抜けてっちゃうってこと?」
「ああ。まぁ、可能性の問題だけどな」
「…………そっか……砂漠って、ずーっと下の方まで砂でできてるんだ……」
言われてみれば当然だ。地下の水管から水を引き上げようにも、通り道の地中は周りが細かい網目のような砂だ。横にどんどん漏れ出てしまうだろう。そうして、やっと地表にたどり着いた水は、表面に出たとたん、境光の暑さで蒸発してしまう。
「……え? ……でも、じゃあ、オアシスって……どうなってるの?」
「地下から管でも通ってるんじゃねぇか?」
「管って……誰が通すの?」
地下にある水管は結構深いところにあると思う。しかも正確な位置が分かっているわけではない。オアシスができるような管を、水管にピンポイントで突き刺すなんて、ちょっと人間業じゃない。
……あれ? じゃあ、神人とか……最初の補佐領主様、とか?
「さぁな。城の図書館にでも入れれば資料なんかもあるかもしれねぇがな」
ダンが首を竦める。あんまり興味がないようだが、こういう話はペッレルヴォ様が食いつきそうだ。そしてダンはペッレルヴォ様に既に目を付けられている。是非頑張って欲しい。
「うーん……。じゃあ、開発室に入るまではどうしようもないのかぁ……」
ダンの頑張りを応援しようにも、町の神呪師から始めるわたしにはまだ難しい。親孝行ってしたい時にはできないって言うよね。
「それで、アキ殿……」
ダンと一緒に難しい顔で考え込んでいると、ヒューベルトさんが、わたしたちより更に険しい顔で割って入った。
「…………この先の話だが」
「うん」
わたしが大きなことを手掛ければ手掛けるだけ、側にいるヒューベルトさんには負担が圧し掛かるのだ。ヒューベルトさん孝行も忘れないようにしなければと、わたしも真面目な顔でヒューベルトさんと向き合う。
「……水浴びはどうなる?」
「あ……」
ヒューベルトさんの寝不足は当分解消されないんだろうなと、ちょっと同情してしまった。早々にヒューベルトさん孝行を考えなければ。
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